第8話

 誉の朝は早いほうだが、その日の朝はいつもより一時間ほど早く目が覚めてしまった。


「今日で間違いない、よね」


 起きてから何度もスマホで今日の日付けを確認してしまう。間違いなく今日は十月三十一日。杜和に空けて置くように言われている日、ハロウィンだ。

 うきうきと浮つく心を抑えられないが、待ち合わせは夕方六時に本部前。いったいどれだけ楽しみなのだと、まるで遠足前の子どものようなありさまに呆れてしまう。

 でもしょうがないとも思った。だって誉が敷地内から出るのは数年ぶりなのだから。その上杜和と一緒にお出かけなんて、落ち着きがなくなるのはもはや当然だろう。

 パジャマからスウェットに着替えると朝食の準備をする。今日は時間に余裕があるからフレンチトーストでも作ろうか。飲み物はティーパックの紅茶にした。

 朝食を終えると部屋の掃除をしたり、洗濯物を干したりする。なんとなく気になって風呂場やトイレの掃除も念入りにした。

 だいぶ浮かれている。

 時計を確認するとまだ九時過ぎで、待ち合わせの時間にはほど遠い。けれどこれ以上することもなくて、誉はいったんソファに座って落ち着くことにした。


(……読書でもしようかな)


 集中できるかはともかく。誉は本棚から何冊か本を取ると、ローテーブルの上に置いた。そうして読もうとしたところでスマホが震える。


【杜和】おはよう。今日はよろしくな。遅刻すんなよ?


 杜和からだった。きっと遅刻などしないとわかった上で言っている。くすっと微笑んで返信すると、一冊を手に取った。日本が舞台の、あやかしなどが出てくるファンタジー小説だ。


「……」


 ぺらり、ぺらり、ぺらり。やがて室内には本をめくる音と、ときおり震えるバイブ音だけが響くようになった。早々に本をテーブルの上に積み、スマホでのやりとりに夢中になってしまったのは言うまでもないだろう。





 杜和を待たせるわけにはいかない、と誉は約束の時間よりだいぶ早く待ち合わせ場所に到着した。楽しみすぎて、居ても立ってもいられなかったからというのもある。服装はデニムに七分丈のライトグレーのトップスというシンプルなものだ。


(変じゃ、ないよね……?)


 そわそわしながら自身の服装を見下ろすが、普段からファッションに気を配っていないため正解がわからない。とりあえず無難なものを選んだのだが、杜和の隣を歩くのに問題はないだろうか。

 くたびれた白いスニーカーの薄汚れたつま先を見て、せめて拭いて来るんだったと後悔がよぎったところで「お、早いな」と気さくな声がかけられた。


「杜和さん!」

「わりぃ、待たせたか?」


 そう言って微笑む杜和はボトムスもトップスも黒で統一されていて、大振りなゴールドのネックレスが目を引いた。シンプルな装いなのにかっこよくて、ちんちくりんな自分とは大違いだと感心してしまう。いつものように襟足はくくっていて、彼が動くたびに揺れるさまは黒豹の尻尾のようだ。


「いえ! 俺もさっき来たところで」

「ほんとか? なら二人してだいぶ早く来ちまったってことだな」


 杜和の言葉から楽しみにしていたのが自分だけではないのだと感じられて、誉は「へへ、ですね」とだらしない笑みをこぼした。杜和はそんな誉の頭をぽんぽんと軽く撫でると「んじゃ、ちょっと早いけど行こうぜ」と歩き出す。

 そうして雑談をしながら連れて行かれたのは『とまり木』という喫茶店。とまり木は夜間営業で、客はホルダー限定。出入り口にはパスワード式の鍵がかかっていて、暗証番号を知っている者しか入れないようになっている。

 そういう店があるというのは知識だけでは知っていた。けれど実際に訪れたのは当然初めてで、なんだかとてもどきどきする。


「ほら、入れよ」


 解錠の音がしたあと、そう促された。あの扉の先にはべつの世界が広がっているような……。とにかく誉はどこか夢心地だった。


「誉? どうした」

「あ、いえ、すみません」


 あまりにぽかんとした顔で呆けていたせいか杜和が怪訝そうな顔をした。意を決した誉はごくりと生唾を飲み込んだあと、別世界へと飛び込んだ。

 店内は意外とこぢんまりとしていた。落ち着いた色合いのブラウンを基調としたカウンターと、テーブル。淡い照明が店内をぼんやりと浮かび上がらせている。

 カチャカチャ、コポコポと不思議と落ち着く音がする。

 テーブル席にはまばらに人の姿があって、読書をしたりめいめい過ごしていた。


「誉、こっち」


 腕を引かれて連れて行かれたのはカウンター席だった。


「いらっしゃい」


 喫茶店のマスターだろうか、ずいぶんと強面な男だった。彼は次の瞬間作業を止め、驚愕したように目を見開いた。次いでふにゃりと目尻を下げて微笑む。まるで任侠映画にでも出ていそうな見た目がぐっと親しみやすくなった。


(……えっ、犬耳?)


 ふと彼の頭上にふわふわなふたつの三角形があるのに気づいて誉は首をかしげた。偽物だろうが、彼の髪と同じ焦げ茶色でまるで本物のように精巧だ。


「杜和くん、久しぶりじゃないか。元気だったかい?」

「はい、まあそれなりに」

「そっか。なんだか調子がよさそうでよかったよ。あんまり顔を見せてくれないし、心配してたんだよ?」

「はは、すみません。今後はまたちょくちょく顔出しますね」

「それは嬉しいけど、無理はしないようにね。……ところで」


 ふいにマスターが誉に視線を向けた。鋭い眼光に思わず半歩引きそうになったがぐっとこらえる。いまの杜和との会話で彼と親しい人だというのはわかっていた。


「その子がもしかして誉くん、かな?」

「え、なんでそれを……って、涼二ですか」

「うん。最近きみが仲よくしてる子だって教えてくれたよ」


 マスターが柔らかい微笑みを浮かべ誉を見やる。鋭い眼光は、しかしその奥には温かさと優しさが感じられた。


「初めまして。僕はここのマスターの久我雅人と言います。みんなにはクマさんって呼ばれてるよ。よかったら誉くんもそう呼んでくれると嬉しいな」

「は、はい。その、初めまして、支倉誉です。よろしくお願いします。……クマさん」

「うん。よろしくね」


 久我に涼二に杜和。

 杜和と知り合ってから新しい、そして優しい知り合いが増えるばかりだ。誉にはもったいない人ばかりだとも思う。けれど嬉しくてたまらなくて、誉はむずむずする心のまま杜和に笑顔を向けた。

 久我に促されるまま席に座る。出入り口から一番遠い端っこの席だ。隣には杜和が腰かけた。


「好きなもん頼めよ」


 杜和に差し出されたメニューをじっくりと眺める。どれにしようか、迷ってしまう。そんな誉に久我が声をかけてきた。


「いまはハロウィンイベント中でね、期間限定品もあるから」


 あ、と顔を上げた。もしかして犬耳は仮装なのだろうか。じっと見つめていると気づいた久我が「ああ、これ? 狼男だよ」といたずらめいた笑みを浮かべた。


(んー、どれにしようかなぁ)


 誉は働いていないが、弱小とはいえアンチ・ホルダーのため財団から定期的に金銭の振り込みがある。そして生活費以外の使いみちはないためじつのところかなり溜め込んでいた。

 本当ならお礼もかねて杜和の食事代も出したいところだ。けれどきっと杜和は拒否するんだろうなと、口に出すことはしなかった。

 どれもおいしそうで、散々迷ったあげく選んだのはサンドイッチとパンプキンケーキだ。杜和が選んだのはオムライスとさつまいものパイ。杜和はデザートにはずいぶん悩んでいたようだけれどオムライスは即決だった。


「オムライス好きなんですか?」


 誉の問いに杜和は小さくうなずいた。


「まあな。クマさんが作るやつはとくにうまいし」

「はは、嬉しいこと言ってくれるね」


 そう言うと久我は奥の厨房へと引っ込んでいった。


「誉も今度来たときにはオムライス頼んでみ。まじでうまいから」

「……、はい、そうしてみます」

「ん。そのときにはまた違う期間限定あるかもな」


 そうしてのんびりと話していると、誉の横を通った人影がそのままカウンターの中へと入っていった。店内を歩き回っていた店員の男だ。来店時には見かけなかった男だが、彼も仮装をしているようで、頭や腕などに包帯を巻いている装いだった。


(マミィ、かな……?)


 食器を片づけに来た男は、とても顔立ちが整っていた。明るめの茶髪から覗くグレーの瞳があんまりにも綺麗で思わず息を飲んだ。仮装もとても似合っていて、どこかミステリアスな雰囲気があった。


「誉、こいつは吉野司。おまえと同じアンダーだ。俺に言えねえこととかあったらなんでも相談しろ」

「あ、えと、支倉誉です」

「……どーも」


 ぶっきらぼうな、どこか投げやりな返事。軽く会釈をした司はさっさと立ち去ってしまった。もしかしてなにか粗相でもして怒らせてしまったのだろうか。

 誉の不安を悟ったのか杜和が「気にすんなよ」と言う。


「あいつ、クマさん以外にはいつもあんなんだから」

「そう、なんですか?」

「そうそう。性格の問題。まあいいやつなんだけどなぁ」


 頬杖をつきながら苦笑する杜和。そこで久我が戻ってきた。サンドイッチとオムライスの皿を持っている。断面が見えるよう綺麗に並べられたサンドイッチと、つやつやと輝いているオムライス。どちらもおいしそうだ。


「なにかあったのかい?」


 はい、どうぞ、とそれぞれの前に皿を置きつつ久我が問う。


「いま誉に司のこと紹介したとこです」

「ああ、そうなんだね。司くんは優しくていい子だから、困ったことがあったら相談するんだよ。もちろん僕に話してくれてもいいけどね。ここはそういう場所だから」


 そう優しく言う久我に、自然と「はい」とうなずいていた。


「んじゃあ食べようぜ。腹減った~」

「はい。……おいしそう」


 食事中はしゃべらないようにしなければ。誉はマスクを顎のほうへずらした。


「じっさいうまいからな」


 杜和のその言葉通り、サンドイッチはとてもおいしかった。食パンがふわふわもちもちで、中に挟んであるレタスも新鮮で瑞々しかった。

 一口食べて「おいしい!」と思わず口にしてしまい、慌ててマスクをつけ直した誉に、久我がパンは近所のパン屋から卸しているのだと教えてくれた。誉がデザートとして頼んだケーキや、杜和が頼んだパイなどの菓子類も近隣の店から卸しているらしい。店の名前を聞いてもひとりでは行けない。杜和が今度連れて行ってくれると言ってくれて、とても嬉しかった。

 食事が済んで、新たに頼んだミルクティーを飲んでいると誰かが来店した。誰だろう? と出入り口のほうに視線をやると、そこには涼二が知らない人と並んで立っていた。ずいぶんと小柄な人だ。がたいがよく、背の高い涼二と並ぶと子どものように見える。とはいえ誉よりはずっと年上だろうけれど。

 小柄で印象的な赤毛の男はこちらを――というより杜和を見つけると「あー!」と叫んだ。


「杜和くんがいる!」


 そしてすごい勢いで杜和の元へ駆け寄ってくる。


「あいかわらずの犬っぷり」


 そう小さくつぶやいたのは司だ。誉の横を通ってカウンターへと入っていく。

 彼の言葉のせいか、ぎゃんぎゃんと騒ぐ男の背後に思いっきり振られる尻尾の幻覚が見えてきた。


「久しぶりじゃないっすか! 来てるんなら教えてくださいよ、もー! あっ、涼二くん涼二くん、杜和くんいました!」

「知ってる」

「ええっ」


 涼二の冷静な返答に大げさなほどのけぞる男。ぴんと立つ耳が見えたがもちろん幻覚だ。

 騒がしいやりとりをぽかんとしながらも見ていたところ、ふいに男と目が合う。男ははっとしたように目を見開いたあと、輝かんばかりの満面の笑みを浮かべた。

「もしかして誉くん?」

「え、あ、はい……」

「やっぱり! 俺は佐久間季央。季央って呼んで!」


 完全に勢いに押されつつ「え、う、きお、さん?」と言えば一瞬の間のあと「んーん」と首を横に振られた。


「さんづけは慣れてないから呼び捨てかくんづけで呼んでほしい」

「えっ、あ……じゃあ、季央くん、で」

「うん、よろしくな」


 そう言うと季央は手を差し出してきた。握手をする。細く見えて意外とがっしりと骨ばっている固い手だった。その上背丈からは想像できないくらい大きくて、誉の手は包み込まれてしまった。


「二人ともいらっしゃい。立ったままは疲れるでしょう、まずは座ったらどうかな」


 久我に促され、杜和の隣に涼二が、その隣に季央が座る。


「あ、クマさん、俺いつもみたいにお願いします。もうお腹と背中がくっつきそうっす! 限界!」

「はいはい。ちょっと待ってね」


 季央の注文に久我は慣れたように奥へと向かった。四人で話している中戻ってくると、たくさんのサンドイッチが乗せられた大きな皿を季央の目前に置く。


(え、あれ何人前……?)


 どう見ても一人前の量ではない。山程盛られたサンドイッチ。まさかあれを全部ひとりで食べるつもりなのだろうか。誉はおののいた。

 そんな誉をよそに季央は行儀よく手を合わせると勢いよく食べ始めた。みるみるうちに山が崩されていく。その横で涼二が淡々とナポリタンを注文していた。

 再び奥へと向かった久我が戻ってくると、両手にナポリタンの皿を持っていた。大皿に入れられたほうを季央の前へ、そして普通の大きさのほうを涼二の前へ置く。


「クマさん、ありがとうございます! ナポリタンもめっちゃうまそ~!」

「……」


 無言で食べる涼二の横で、すごい速さで料理を消費していく季央。驚きすぎて声も出ないってこういうことなんだなと誉は感心した。

 そのあとも季央は食べ続けた。驚愕しっぱなしの誉に杜和が苦笑交じりに教えてくれた。

「季央は昔っから大食いなんだよ。まじであの身体のどこに入ってんのかわかんねー」

「学生時代とか早弁と間食しすぎて先生にも呆れられてな」


 思い出すようにふっと小さく涼二が微笑んだ。「そうそう」と杜和が同意する。


「おまけに犬っぽいから、餌付けだなんて言われてさ、女子に大量にお菓子貢がれてたよな」

「あれめっちゃ助かったっす! お菓子食べすぎて母さんから禁止されてたんで」


 わいわいと当時の思い出話に花を咲かせる三人。誉にとっては新鮮で珍しい話で、思わず前のめりで聞いてしまう。ちょうど話が途切れたところで「三人はつき合い長いんですか?」と問いかけた。

 杜和が「まあな」とうなずく。


「季央とは中学からのつき合いだな。一個下なんだ」

「かっこよくてすごい強いギフターの先輩がいるって聞いて会いに行ったのがきっかけかな。その日から俺は二人に着いていくって決めたんだ!」

「犬みたいにな」


 茶化すように言う涼二に季央は「はい!」と元気よく返事をした。ぶんぶんと尻尾が振られ、耳はぴんと立っている。


「いやそこは否定しろよ」


 涼二がため息混じりに言った。季央は首をかしげる。まるで犬のように。


「え? なにがっすか?」

「……はー、なんでもねえ」


 大きなため息をつく涼二と苦笑する杜和を尻目に、季央は新たに運ばれてきた料理を食べ始める。「うま!」と笑みを見せる彼の胃は底なしかもしれない。誉はどんどん減る料理に反して積み上げられていく皿を、飽きずに眺めていた。

 ピリリリリ、ピリリリリ、ピリリリリ。

 穏やかな空気を切り裂いたのはそんな警戒音だった。音の発生源は涼二と季央のスマホだった。


「なんかあったのか」


 スマホを確認する二人に杜和が問いかける。険しい横顔だ。涼二が席を立ちながら答えた。


「大通りで事件。ギフターが暴れてるんだと」

「ちょっと行ってくるっす! あ、クマさん! あとで食べるから残しといてくださいね!」


 ふたりは慌ただしく出ていってしまった。二人のことも気になるが、それ以上に誉は杜和が心配だった。だってなんだか苦しそうなのだ。

 耐え難いなにかを堪えるような、焦燥感を無理やりねじ伏せているような、そんな表情を浮かべていた。


「杜和さん……?」

「ん。なんだ?」


 杜和は微笑んでいるが、その笑みはどこか痛々しい。けれどなんと言っていいのかわからず、誉は結局首を横に振った。

 出入り口のほうに鋭く視線をやっていた久我が、いってん、こちらには優しい視線をよこす。


「二人が戻ってくるまでおとなしくしてようね。外は危ないから」

「はい……」


 ちらちらと杜和を気にしながらもしっかりとうなずいた。

 それからしばらくして二人は戻ってきた。服はところどころ擦り切れ、土で汚れていて、顔や手には怪我をしているようだった。

 そして彼らはとてつもなく不機嫌だった。

 ぐいっと強引に鼻の下を拭いながら、季央が席につく。「あー、クソ、鼻血出てやがる」と低音で悪態をついた。その横に腰かけた涼二は終始無言で、けれどその眉間にはくっきりと濃いしわが刻まれている。


「大丈夫か、おまえら。なにがあったんだよ」


 とても話しかけづらい雰囲気の中、杜和が問いかけた。ぶすくれたままの季央に久我が濡れたタオルを差し出した。「ありがとうございます」と受け取った季央は、自身の顔を拭きながら答える。


「大通りでハロウィンの仮装イベントがあって、そこで暴れたギフターがいたんす。俺らが到着したときにもまだいて、交戦になったんすけど……」

「俺らより格上のギフターで、逃げられた。たぶん杜和と同じくらいの格だ」


 憤りを無理やり静めたような声音で涼二が続けた。季央が悔しそうに血で汚れたタオルを握りしめながらテーブルに突っ伏した。


「仮装してたから人相もわかんないし、絶対ぐちぐち言われる。しかも犯人がギフターって……まぁたマスコミが騒ぎますよ。ギフターの危険性、とかって! あーやだやだ」

「落ち着いて、季央くん」


 愚痴る季央の頭を久我がよしよしと撫でる。「なにか食べるかい? サービスするよ」と優しく声をかけた。むっつりと黙り込んだ季央は、ややあってぼそりと「……ケーキいっぱい食べたいっす」とつぶやいた。久我がふんわりと慈愛の笑みを浮かべる。


「うん、わかった。ちょっと待っててね」

「――わりぃ、クマさん、俺らそろそろ帰るわ」


 ケーキを準備しようとしている久我に杜和がそう切り出した。「もういい時間だしな」と店内の時計に視線をやる。

 現在の時刻は八時半を回ったところだ。帰宅するころには九時を過ぎているだろう。いつもならもうとっくにお風呂にも入り終えている。まあそもそもこんなに遅くまで外出していること自体初めてなのだけれど。


「そっか。そうだね、あんまり遅くなるのもよくないしね。気をつけて帰るんだよ」

「……俺も行く」


 そう言って立ち上がったのは涼二だ。「ええっ」と季央がパスタを頬張りながら驚愕の声を上げた。


「涼二くん行くなら俺も行きます!」

「おまえはまだ飯残ってんだろうが。おとなしく食ってろ」


 ぴしゃりと跳ね除けられ季央は「そんなぁ」と情けない声を上げつつパスタを完食する。そして今度はケーキの皿に手を伸ばした。


「……べつにおまえも着いて来なくていいんだけど?」

「さっきのいまじゃそうも言ってらんねえだろ。あのギフターがどこに逃げたのかもわかんねえしな。誉もいるんだから、用心するに越したことはねえ」

「ま、そりゃそうか。んじゃ帰るか」


 拒絶する雰囲気を出していたわりに、杜和はあっさりと涼二の申し出を受け入れた。誉のため、だろうか。だとしたら申し訳ない。小さく肩を落とす誉の頭を杜和が優しく撫でる。


「おまえのせいじゃねえよ。涼二はとっくに飯食い終わってるからな。ちょうどよかったんだろ」

「ああ。明日は朝から任務が入ってるしな」


 涼二の声音からは嘘をついているとは感じられなかった。それならよかった、と誉は内心で息をついた。

 会計をしてくれたのは司だった。料金を言われ、出そうとしたのを遮るように杜和が誉の分もまとめて払ってしまった。普段から面倒ばかりかけているのに、金銭まで世話になるわけにはいかない。なんとか自身の食事代だけでも受け取ってもらおうとするが、杜和は聞き入れてはくれなかった。

 それでも引き下がらない誉に、杜和はしばし黙ったあと、なにか閃いたような顔をする。


「じゃあ今度一緒にでかけたときは誉が奢ってくれ。な? それでおあいこだ」

「……絶対ですからね」

「おうおう、絶対な、絶対」


 この人本当に奢らせてくれる気あるのかな。杜和の軽い調子をなかなか信用できず、会計を終えた涼二が「いつまでやってんだ」と呆れて声をかけてくるまで、ついじっとりと見つめてしまった。

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