第1話

 特殊能力者の保護をおもな目的とするソフィア財団が所有する広大な敷地は、ひとつの小さな街のようだ。スーパーやコンビニもあるし、小・中学校もある。敷地内には定期バスも走っていた。

 四月も半ばに差し掛かったその日、支倉誉は敷地内の東南に位置する図書館に訪れていた。

 館内をまっすぐ進んだ誉は、教養コーナーの棚の前で立ち止まり指先を迷わせることなく薄っぺらい本を手に取る。

『猿でもわかる〈ホルダー〉について』という子ども向けの本だ。そのタイトル通り、ホルダー――つまり特殊能力者について書かれている。誉はぺらぺらと慣れたようにめくっていく。


 ギフト・ホルダー――通称ギフターは超人的な身体能力と五感を有している。

 アンチ・ホルダー――通称アンダーはギフト・ホルダーの能力を打ち消す声を有している。


 そしてそれ以外の一般人のことをノン・ホルダーあるいはノーマルと呼ぶ。

 書籍のはじまりのページに書いてあるのは、ひどく見慣れた文章だ。


「……はあ」


 それでも誉は目に焼きつけるように文章を追った。指先で文章の下をなぞるまでした。こんなものをいまさら読んだところで、きっとどうにもならないのに。まったくどれほど諦めが悪いのだろうか。

 誉は落ちこぼれだ。どうしようもないくらいの役立たずの、タダ飯喰らい。その状況をなんとかしたくて、暇さえあればこうして幼子が読むような本を片っ端から読んでいる。もう何度も読み返しているため、そろそろ空で暗唱できそうだ。


「――ねえちょっと、あの子じゃない?」


 ふとそんな密やかな声が聞こえた。女の声だ。


「んー?」

「あの本読んでる黒髪の子」

「……、ああ、あれ。あはっ、あの年であんな本読んでんの? ウケるんだけど」

「落ちこぼれって聞いてたけどまじやばいよね。あたしなら恥ずかしくて死んじゃうな」


 くすくすと嘲るような笑い声。彼女たちの視線の先にいるのは間違いなく自分だった。誉は顔をうつむかせる。


「っていうかあれ見てよ」

「うん?」

「あのマスク。あれ子どもがつけるもんでしょ? ああ見えてじつは十歳くらいなんじゃない」

「アハハ、かもねー」


 誉はつねに黒いマスクをつけている。能力を抑制する物質が練り込まれた、特別なものだ。基本的にはまだ制御できていない幼い子どもがつけるものだが、誉は十五にもなるのにいまだに自宅以外では外せなかった。

 うなだれる誉をよそに、ひそひそとうわさ話は続いている。


「てか、財団のギフターもかわいそう。あんな落ちこぼれの面倒見なきゃいけないとか」

「あたしらは役立たずにならないよう気をつけなきゃねー」

「あはっ、そんなの頼まれたって無理でしょ」


 落ちこぼれの役立たず。投げかけられる言葉には慣れている。けれど決して傷つかないわけじゃない。


「……」


 胸が痛かった。でも全部事実だ。どうしようもないくらい、的を得ている言葉の矢だ。

 居心地はとても悪かった。けれど誉は顔を上げて、それでも本をめくり続けた。

 自分がふがいなくて情けなくて仕方なかった。それなのにあがくのをやめられないのは、現状を打破したいからだ。なんとかしたいから誉はひたすらにページをめくり、文章に目を滑らせた。


(……でも、どうせ)


 自分は落ちこぼれのままだと、負け犬根性の染みついた自分が脳裏で叫んでいた。

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