第6話


「さあ、ジェーン。行こうか?」

「はい、アレン様」

 アレンと共に国王に呼び出されたステイシーは、ジェーンとして王宮に足を運んだ。

 これから何が起こるか事前に分かっているステイシーは、内心うきうきした心持ちで、アレンに手を引かれていた。

 向かった謁見の間には、すでにアレンの両親である国王と王妃の他にフレベル公爵とリリーナが待機していた。おそらく、今日のことについて話を先に話をしていたのだろう。

「陛下、第四王子、アレン。サイアンローズ公爵令嬢を伴い、参上いたしました」

 アレンと共に礼をすると、国王は頷いた。

「ご苦労。ジェーン・サイアンローズ公爵令嬢、準備は?」

「はい。万事抜かりなく」

 そう言って微笑むと、アレンと共に国王の後ろへ移動する。

 最後に謁見の間に入室したのは、問題の二人。

 ジャミルと一緒に並ぶのは、必要以上に着飾ったディアナだ。まるで彼女がパーティーの主役かのように現れ、フレベル公爵が顔をしかめたのが分かった。

「陛下、第三王子、ジャミル参上いたしました」

「オーシー男爵けの……」

「此度、集まってもらったのは、他でもない。先日そなたが進言したフレベル公爵令嬢の醜聞についてだ」

 ディアナの言葉を遮り、国王が口を開いたことで謁見の間に重たい空気が流れた。

 挨拶もろくにさせてもらえないとは思わなかったらしく、ディアナは呆けた顔をしていた。

「今回の件について、公平な判断を下すため、当事者の他に同学年のアレンとサイアンローズ公爵令嬢にも同席してもらう」

 アレンと共にステイシーは頭を下げ、階下にいるジャミル達を見下ろした。

「まずは結論から述べよう。此度を以って、第三王子ジャミルとフレベル公爵令嬢リリーナとの婚約を解消する」

 その言葉を聞いて、ジャミルとディアナの顔に笑みが浮かんだ。うっとりとした様子で見つめ合う二人に、国王はさらに告げた。

「それに伴い、第三王子ジャミルは王家の権威を著しく損なわせたことにより、王位継承権を剥奪する」

「…………は?」

 まさか自分の王位継承権が剥奪されるとは思ってもいなかったのだろう。ジャミルの顔から表情が抜け落ちた。

「へ、陛下、どういうことですか⁉」

「フレベル公爵家との婚姻は、我が父である先王が取り決めたもの。それを反故する行いは、王家の権威を損なわせる。よって、第五王子、マクシミリアンとフレベル公爵令嬢が婚約を結ぶ。マクシミリアン。入りなさい」

「はい」

 袖に待機していた第五王子、マクシミリアンが現れ、リリーナの隣に移動する。

 そして恭しく彼女の手を取り、アレンとステイシーの隣に並んだ。

「第三王子、ジャミルの王位継承権剥奪に際して、第五王子、マクシミリアンが王位継承第三位、第四王子アレンを第四位に繰り上げとする」

「納得がいきません! なぜ私が王位継承権を剥奪されるのですか! リリーナは私の友人であるディアナに嫉妬し、目下の者を使ってディアナに嫌がらせを繰り返していたのです」

「それについてはすでに調べはついている。アレン、サイアンローズ公爵令嬢」

「はい、陛下」

 アレンと共に一歩前へ出て、頭を下げる。

「まず、第三王子ジャミルの進言の他に、フレベル公爵の依頼により学園内でのジャミル、フレベル公爵令嬢の素行調査を秘密裏に行わせていただきました」

 アレンがそう口にすると、ジャミルが顔色を変えてアレンを睨みつけた。

「お前、いつの間にそんなことを……!」

「とはいえ、私の権限ではできることが限られるため、我が婚約者ジェーンの生家に協力してもらいました」

 アレンにバトンを渡され、ステイシーはにっこりと微笑んだ。

「此度の依頼を受けて、我がサイアンローズ家は学園に広がる噂を元に調査をさせていただきました」

 正確にはグロウズ家だが、そこは大きな問題ではないだろう。

「噂だと?」

「大きく分けて、三つの噂を解説いたします。まずはジャミル第三王子が特定の女子生徒を侍らせ、フレベル公爵令嬢を蔑ろにしている件について」

「は⁉」

 ステイシーはジャミルを無視して報告を続ける。


「まず、ジャミル殿下の交友関係についてですが、一日を通して、男子生徒のご友人よりも特定の女子生徒との逢瀬を重点的に行っておりました。一日における交流の平均時間、四時間。そして、とても親密な仲をお過ごしだったようです。交流内容については、別紙にてお渡しいたします。さらにはジャミル殿下がフレベル公爵令嬢を貶める発言をしている場面を複数の生徒だけでなく教師、用務員からも確認が取れました」

 学園でなら国王の目に届かないと思っていたのだろう。残念ながら学園には、王家の息がかかっている者が多く潜んでおり、生徒達の動向を常に探っているのだ。

 顔を青くするジャミルを見ていると、ステイシーのうきうきは止まらなかった。

「それから、フレベル公爵令嬢による特定の女子生徒への嫌がらせの件ですが、実行犯はフレベル公爵令嬢でもそのご友人方でもございません。その以前からフレベル公爵令嬢に監視を付けておりましたが、ご友人方が優秀な方ばかりで、噂の的になっている女子生徒への接触を避けるように行動していました。さすがです」

 フレベル公爵からの抗議を受けて、影達が積極的に動いていた結果だ。彼らは上手く彼女達を誘導し、接触を控えさせたのだ。

「そして肝心の実行犯ですが、三名の中流貴族の女子生徒を捕らえました」

「なんだと! なら、そいつをこの場に引っ張り出せ! きっとそいつがリリーナに罪を被せたのだろ!」

 ここぞとばかりに声を荒げたジャミルに、ステイシーは微笑む。

「残念ながら殿下。彼女達はフレベル公爵令嬢に罪を被せていたわけではありません」

「なんだと?」

「三つ目の噂を解説させていただきます。ディアナ・オーシ―が自作自演をして、リリーナ・フレベルへ濡れ衣を着させているという噂です」

 ステイシーが手を叩くと、グロウズ家の使用人達が嫌がらせを受けたであろう汚れた教科書や壊された筆記用具などを持って現れた。

「実行犯として捕らえ女子生徒に事情聴取をしたところ、ディアナ・オーシーが受けている嫌がらせの数と彼女らが実行した数は明らかに違っていました。そこでディアナ・オーシーが被害を受けた品々を拝借させていただき、指紋を取らせていただきました。実行犯の女子生徒だけでなく、参考にフレベル公爵令嬢、その友人方の者も検証の為にサンプルを頂いております。しかし、不思議なことにどなたの指紋とも一致しませんでした」

 ステイシーは使用人達に目配せして、直近で紛失した彼女の私物と指紋を採取する道具を用意させ、ディアナ・オーシーに向かって微笑んだ。

「ディアナ・オーシー。貴方の指紋を頂いてもよろしいかしら?」

「そ、そんなの! そんなの直接触らなければいいじゃないですか! バカバカしい! それに私は実際に水を掛けられたんですよ!」

 ディアナが大声で叫ぶと、ステイシーは内心で嬉々として見つめる。

「ええ、そうね? 水を軽くかけられた後、大袈裟にしようと裏庭の池で水浴びをしていたのをわたくしとアレン様が目撃しましたわ」

 これにはディアナだけでなく、その場にいた皆がぎょっと目を剥いた。

「わたくしの報告は以上となります。国王陛下」

「よ、よく調べてくれた。フレベル公爵、今回の件について、申したいことがあれば、発言を許す」

「恐れ入ります」

 フレベル公爵が前に出ると、彼はジャミルとディアナを睨みつけた。

「まず我が娘、リリーナの尊厳、名誉を傷つけたことに対して、第三王子ジャミル殿下とディアナ・オーシーに慰謝料を請求いたします」

「後日、オーシー男爵家に通達し、また王家の資産ではなく、ジャミル本人の資産で支払うよう手続きを行う」

「へ、陛下!」

 絶望した表情を浮かべるジャミルに、国王がため息を漏らした。

「ジャミル。王族とはいえ、然るべき行いをし、責任を果たさなければ、民は付いてこないと何度も教えていたはずだ。それをお前は婚約者であるリリーナを蔑ろにしたことで、王族の責任を放棄し、フレベル公爵家の心が離れて行ったのだ。私は国王として責任を果たし、お前を廃嫡とする」

「そんな……」

 その場に立ち尽くすジャミルから目を離し、国王はアレン達に目を向けた。

「アレン、サイアンローズ公爵令嬢、ご苦労だった。マクシミリアンとフレベル公爵令嬢も退室を許可する」

「それでは御前を失礼させていただきます」

 ステイシーはアレンの手を取り、謁見の間を後にする。

(眼福でした……)

 ステイシーは内心で静かに合掌するのだった。

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