第4話
リリーナ・フレベル。フレベル公爵家の長女で、ジャミル第三王子の婚約者だ。
王族との婚約は、リリーナが生まれる前から決められていた。王家に女児が生まれた時は、公爵家に降嫁させ、フレベル家に女児が生まれたら、王族に嫁がせるというもの。
王家もフレベル家も男児続きだったため、リリーナが生まれた時は喜ばれた。ちょうど同い年に双子の王子も生まれている。アレンは病弱だったためにリリーナはジャミルと婚約することになった。
最初は、ジャミルと勉強したり、アレンとその婚約者のジェーンも交えてお茶をしたりして、互いの仲を深めていた。婚約者として申し分ない令嬢になれたと思っていたが、リゼル学園に入学して、ジャミルは変わってしまった。
王族という肩書で周囲に持て囃されるようになり、言葉を悪く言えば、調子に乗るようになったのである。
そして、四年生になって、ジャミルはディアナという男爵令嬢を侍らせるようになり、しまいには恒例のアレンとジェーン達とのお茶会にディアナを連れて行くと言い始めた。結局、ジャミルを諫めきれず、父親にも叱責され、淑女として再教育を言い渡されることになった。
アレンとジェーンに弱音を吐いた日から数日後。
友人達はリリーナが落ち込んでいると察したらしく、流行やお菓子などいつも以上に明るい話題を投げてくれるようになった。どうやらリリーナの視界にジャミルが入らないように、気にかけてくれているらしい。おかげで少しだけ気が楽になったが、リリーナを悲しませる元凶は自分の足でやって来た。
「きゃあ!」
廊下で友人達に囲まれたリリーナがディアナとすれ違うと、ディアナが大袈裟に声を上げて転んだのだ。
周囲が嘲笑交じりに「どんくさい」「大袈裟な」を口々に囀る。
「なんてことをするんですか、リリーナ様!」
「え?」
一瞬、何を言われているのか分からず、リリーナが戸惑っていると、友人達がリリーナを守るべく前に出た。
「ディアナ・オーシー。公爵令嬢であるリリーナ様に一体、どういうつもりで声をかけているのかしら?」
友人の筆頭格であるバーバラ・ランドール伯爵令嬢がディアナを睨みつける。
「どういうつもりって……リリーナ様が私に足をひっかけてきたんです!」
「リリーナ様は私達に阻まれる形ですれ違ったのよ。貴方に足を掛けられるわけがありません」
「じゃあ、貴方達の誰かが私に足を引っかけてきたんだわ。もしかして、リリーナ様が命令したの? 私がジャミル様に愛されるのに嫉妬して!」
「貴方ねぇ!」
バーバラの顔が怒気に染まった時だった。
「何をしている!」
「ジャミル殿下……」
なんてタイミングだろうか。騒ぎに駆けつけたジャミルがディアナとリリーナの存在に気付き、眉間に皺を寄せた。
「ディアナ、一体何が?」
「ジャミル様ぁ~、リリーナ様達が私をいじめるんですぅ~」
泣き真似をしながらジャミルに縋りつく。そんな彼女の言葉を真に受けて、リリーナへ厳しい目を向けた。
「リリーナ! 公爵令嬢として恥ずかしくないのか!」
叱責するジャミルに、慌ててバーバラが前に出た。
「殿下、誤解でございます! リリーナ様は……」
「伯爵令嬢ごときが口を挟むな、この無礼者!」
ジャミルがそう怒鳴りつけると、気の強いバーバラも委縮してしまう。
その様子を見たジャミルは鼻を鳴らした。
「目下の者も躾けられないとは嘆かわしい。ディアナに対する態度といい、お前には心底がっかりした」
「じゃ、ジャミル殿下……?」
「この件については、父上に報告させてもらう!」
ジャミルはそう言い放つと、ディアナの腰に腕を回して歩き出した。立ち去り際に、目を瞠り、言葉も出なかったリリーナをディアナが鼻で笑ったのが見えた。
(悔しい……)
婚約者が自分ではなくディアナを庇い、そしてディアナが勝ち誇ったように笑ったのが、悔しくてたまらなかった。
息が詰まるような思いに、リリーナは小さく拳を握りしめた。
友人達に促されて、リリーナは逃げるようにしてその場を離れる。
「リリーナ様、次の授業はお休みしませんか? 中庭の温室に綺麗な花が咲いたそうなので、休憩しに……」
「ごめんなさい……しばらく一人にしてくれるかしら?」
誘ってくれた友人達にそう告げると、リリーナはサロンに引きこもった。
疲れ切ってしまったリリーナは侍女にも席を外させる。
「どうしてこうなってしまったのかしら……」
そんな言葉が出る時、いつも仲睦まじく並ぶアレンとジェーンの姿を思い浮かべる。
幼い頃に病弱だったせいで王位継承順位を下げられた第四王子アレン。そんな彼を支えるのはサイアンローズ家ジェーンだ。
リリーナと初めて会った時から、彼らは仲が良く、リリーナは二人の関係に憧れを抱いた。
(わたくしも、あんな風になれたら良かったのに……)
授業が始まる鐘が鳴り、リリーナはため息を漏らした。
最近、授業も欠席しがちだ。授業中でも口さがない者達が、ジャミル達について話しているのをよく耳にしていた。
特に刺繍や詩の授業では、会話も交えて行うせいか、リリーナの耳にも届いた。友人達が聞こえないように気を遣っているのも知っている。
屋敷に帰れば、再教育として、新たに雇った家庭教師に勉強を叩き込まれた。休日は王宮にも呼び出され、王子妃教育だ。
今のリリーナに心が休まる時間はなく、気を抜けば涙がこぼれそうだった。
こんっと窓が小さく叩かれたような音がした。
虫が窓にでもぶつかったのだろうかと目を向けると、友人が話していた温室が目に入る。
(……ここに閉じ籠っても仕方がないし、見に行ってみようかしら)
もう授業中だ。温室には誰もいないだろう。
リリーナはサロンを出て温室へ足を運ぶと、彩とりどりの花々がリリーナを迎えた。
「綺麗……」
「あれ? リリーナ嬢?」
誰もいないと思っていた温室で声をかけられ、リリーナの肩が小さく飛び跳ねた。
「あ、やっぱりリリーナ嬢だ。ごきげんよう」
現れたのは、まだ声変わりの済んでいない少年だった。少し青みを帯びた銀髪に青紫色の瞳の少年に、リリーナは見覚えがある。
「マクシミリアン殿下?」
ジャミルとアレンの弟、マクシミリアン第五王子。末弟ではあるが、王位継承順位は兄のアレンを抑えて四位だ。確か彼は中等部に所属しているはずだった。
「どうして殿下がこちらへ?」
「ちょっと探検してみたくなって。同じ敷地内で出入りは自由だし、高等部の庭ってどんな感じなのかなってさ。時々こうして遊びに来てるんだ」
確かに出入りは自由なので彼を咎める理由はないが、中等部も今は授業中ではないだろうか。
「あ、授業をサボってるのはお兄様達には内緒だよ?」
茶目っ気たっぷりに笑ったマクシミリアンが微笑ましく、リリーナは思わず笑みが零れた。
「そうですね。実はわたくしも授業をわざと欠席したんです。お互い秘密にしましょうね」
「えへへ。じゃあ、秘密のサボり仲間だ。リリーナ嬢はお菓子好き? オレ、いつもこっそり持ち歩いてるんだ。一緒に食べよう」
マクシミリアンに温室内のベンチまで案内され、リリーナはどこかほっとした気持ちでマクシミリアンと過ごしたのだった。
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