第15話 今日も今日とて

 僕はいつものように目を覚ます。


 こっちの世界のいつものように。


 小屋の壁を挟んでいても聞こえてくる、外からの騒がしい物音に眠りをさまたげられた形だ。


「はぁあ……」


 昨日一日で、面倒事は全て、片っ端から解決したはずだった。


 それなのに、こうして元の世界へ帰れていないという事は、きっと呼吸をするように面倒事を持ってきている奴がいるのだろう。


 もし、手続きがうまくいかず、元の世界へ帰れなくても、今日は休みをもらえるはずだったのだが、この感じだとそれも難しそうだ。


 僕のため息を聞きつけたのか、にゅっと、僕の視界に白髪ロングの猫耳美少女が割り込んできた。


 その顔は心なし不安そうに見えた。


 ニャオミに限って、しょげているという事はない。


「おはよう。ニャオミ」


「シゲタカ、起きたかにゃ」


「起きたよ」


 ぶっきらぼうな返事だったが、それでも僕が返事をすると、ニャオミがパーっと顔を輝かせる。


 しかし、すぐにその表情を曇らせた。


「なんだよ。何があったんだよ」


「い、いやぁ? 別ににゃにも? そ、それより! 今日は休みにゃんだから、特別に、シゲタカはアタシに甘えてもいいにゃんよ?」


 明らかに動揺した様子で、何かをごまかすように言うニャオミ。


 しかし、その顔はほほをほんのり赤くしている。


 どうやら、甘やかそうという気持ちは本当らしい。ニャオミは案外うぶなのだ。


 そんなにニャオミをひとまず無視し、僕は横に転がって起き上がった。


「おい」


「はいはい。そうやって僕を調子に乗せるやつね」


「ち、違うにゃ! ほんとに甘えていいにゃんよ!」


 慌てたように手を引かれる。


 反射的に距離が縮まり、顔と顔が、息が吹きかかるほどの距離になってしまった。


 昨日までと少し違うニャオミの様子に、僕は少しドキッとしてしまった。


 なぜかすぐに手を離すと、空いた手をわなわなさせて、何か迷っている様子だった。


 隙だらけのニャオミに、僕は質問することにした。


「なぁ、もしかしてだけど、見た目をニャオミとそっくりにしたのって、あのドラゴンの喧嘩を買うため?」


「……」


 びっくりしたように目を丸くしたニャオミは、そーっと僕から視線をそらした。


 大物であるドラゴンに、初めから目をつけられていたのであれば、そんな対応も納得がいく。


 僕が鉄の棒を顔面で受けてたのを見て、顔が嫌いだろうからっていう理由で見た目を変えるよりかは、よほど理解できる。


「おい。どうなんだよ」


「ち、違うにゃ。シゲタカをアタシと同じ見た目にしたのは、アタシと同じ見た目で人助けをすれば、信者を獲得できるだろうからってつもりで、あ……」


 語るに落ちた自称女神だった。


「はじめからそのつもりかよ!」


「こ、こっちだって利益がにゃきゃ、こんにゃ面倒なことしにゃいにゃ!」


「挙げ句の果てに逆ギレかよ!」


 さっきまでのしおらしい様子をどこへやったのか、ニャオミはすっかり、僕の知ってるニャオミに戻ってしまった。


「ふっ」


「にゃ!? 今、笑ったにゃ?」


「いや、こんな質問をする隙、マイちゃんやカナなら、きっと与えてくれないだろうと思ってさ」


「その二人とアタシは違うのにゃ……それに、気持ちを伝え合うのは人間のすることで……」


 ぶつぶつと聞こえないくらいの大きさで何やらつぶやいてから、ニャオミは先ほどよりも顔を赤くして、じっと僕の顔を見てきた。


「なんだよ。外で何か起こってるのはわかってんだよ。さっさと頼めばいいだろ?」


 僕の言葉を聞いて、ニャオミは意外そうな顔をした。


「驚くことないだろ」


「いや、でも、いいのかにゃ?」


「いいんだよ別に。僕としても、名刺芸はできてるからな」


 ニャオミから目線をそらし、ほほをかきながら、僕は照れくささをごまかしながら言った。


「シゲタカ……」


「それで何が起きてんだよ」


「ほんとは、離れ離れかもと思ったから甘えたいにゃ。バイバイは嫌にゃ」


「それでまた何か連れてきたのかぁ……昨日丸一日で反省しなかったのかよ……」


「反省しないとか言うにゃ!」


 怒ったように怒鳴ってくるニャオミに笑いかけると、ニャオミもリラックスしたようにほほえんだ。


「昨日までと同じにゃら、シゲタカは同じようにできるんだろ?」


「わーったよ。まだいろいろあるみたいだし、もう少しだけここにいるよ。目の前にも問題が転がってるみたいだしな」


 そこまで僕の言葉を聞いて、ようやく安心したのかニャオミはほっと息を吐き出した。


「メイメイさまー! 早く来てですにゃー!」

「メイちゃーん! メイちゃーん! 大変だよー!」


 やはりゆっくりできそうにはなさそうだ。


 鬼気迫る様子のマイちゃんとカナの声が響いてくる。


「まったく……」


 苦笑いを浮かべながら、小屋を出ようとしたところで、僕は背中に衝撃を受けた。


 いつだかマイちゃんがしてきたような突進をニャオミがしてきたのだ。


「ぐはぁ。なに?」


「いつもありがとう。大好きにゃ」

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猫耳美少女にTS転生したけど、異世界でも変わらず名刺芸ばかりやっている 川野マグロ(マグローK) @magurok

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