第14話 ドラゴンスレイヤー
「グオオオオオ!」
間近で受けた咆哮に鼓膜が破れそうになる。
それだけで、ジリジリと肌を打ち付けるような衝撃が襲い、僕は思わず耳を押さえた。
「あわわわわ。ドラゴンですにゃ!」
ドラゴンのことを聞いていても慌てた様子のマイちゃん。
「すごいすごい! あれが本物のドラゴンなんだ!」
ピンチだというのに、何故か興奮気味のカナ。
「……疑って悪かったにゃ」
驚いたように空を見上げながら、ぼそっと謝ってきたニャオミ。
どう見ても、戦闘準備は整っていない。
さて、どうしたものかな。
咆哮が終わったところで、僕は空を飛ぶドラゴンを見上げた。
未だ降りてくる様子はなく、ただこちらを見下ろすように翼をはばたかせている。
ちなみに、ニャオミたちの小屋とは違い、カナの家は、ドラゴンの羽ばたきを受けても吹き飛ばされる事はなかった。
「さっき教えたの試してみてよ」
未だ興奮気味の様子で、カナが僕の肩を掴みながら言ってきた。
「さっき教えたのって、これか」
僕は改めて、名刺で服の紫色になった部分を撫でた。
すると、すぐに名刺が紫色に変色した。
持っていてもなんともないが、カナの言葉が本当なら、これには僕らを襲ってきたハチの毒が封じられているということだ。
ものは試し、今は猫の手も借りたい。
僕は腰をひねって名刺を構える。そして、ドラゴンへ向けて勢いよく投げた。
名刺は、僕の思った通りの軌道を描きながら、まっすぐドラゴンへ向けて突き進んでいく。
「グゥ……」
そのひとひらの名刺に気づいたらしいドラゴンは、一息うなると、思いっきり翼を羽ばたかせた。
僕の放った名刺は、ドラゴンの起こした風を受けて、あらぬ方向へと飛んでいく。
「ありゃー失敗かー」
「まぁ無理だろ。地面に刺さっていたのも、一切合切吹き飛ばされてるんだし」
「それもそっか」
「いや、どうにかするにゃ! まだ来にゃいだろうとたかをくくっていたのに、来ちゃったにゃらこれはほんとにやばいにゃ! 早くどうにかするのにゃ!」
「そう言われても……ひとまず深呼吸して」
焦ったように掴みかかってくるニャオミを落ち着かせながら、僕は改めてドラゴンを見上げる。
「人間。どうやら、自称山の主は倒してくれたようだな」
低く笑いながら、ドラゴンは僕に話しかけてきた。しかも、言葉が流暢だ。
クマがしゃべったところも見ていない三人は、驚いて息をするのも忘れているようだった。
いやニャオミ。お前は半分猫みたいなもんだろ。なんで驚いてんだよ。
そう心の中で突っ込んでから、僕はドラゴンの言葉に返事した。
「山の主ってクマでしたっけ?」
「そうだ。キンググリズリーとか言ったあのクマは、我を差し置き、山の主を名乗っていた。いずれ制裁を加えようと思っていたところだが、貴様のようなものが鉄槌を下したのならば、それもよかろう」
言い終わると、ドラゴンはまたしても低く笑った。
なんだかそれは、嵐の前の静けさのようなそんな感じがした。
「それじゃあここは、事を荒立てずに済ませてもらえるんですかね?」
「それはできんなぁ。先ほどそこの白猫も言っていたことだが、我はその自称女神にも怒り心頭なのだ。いずれあいまみえる事は運命だった。当然、そっくりなお前を我が許すはずなかろう」
「ですよねぇ」
キッと僕がニャオミをにらむと、ニャオミは珍しくマイちゃんの背に隠れた。
おのれ、僕がマイちゃんに強く出れないことを知ってのことか……。
まあいい。山の主を許さないなら、女神を許すはずもなかろう。今回の件はニャオミが何もしてなくても怒りを買うことになったんだ。ニャオミを責めるのは違う。
「いいよ。わかった。僕が相手してやるよ」
「相手? 何を勘違いしている?」
「ここで戦闘をおっ始めようって話じゃないのか?」
「ククッ。なははははは!」
僕の問いかけにドラゴンは楽しそうに笑った。
「何がおかしい」
「いや、この世界の事情に関して無知なのだと思ってな」
「無知だが?」
「隠さない姿勢は賞賛に値する。だが、無知ゆえに貴様は命を落とすことになる。これは戦闘などではない。一方的な蹂躙だ。破壊だ。殺戮だ」
ドラゴンはそこまで言うと黙り込んだ。
そして、空気が変わった。
ドラゴン喉が赤く赤く染まっていく。空気中が熱を帯び、空間が細かく振動しているのを感じる。先程の咆哮以上に空気が揺れているのだ。ジリジリと細かな振動が僕の耳を叩いてくる。
僕はそれをゲームなどで知っていた。それはドラゴンの口から放たれる熱線。ブレス。
放たれる前から空気中を熱くさせ、宙を舞う僕の名刺がチリチリと焦がされているのが見て取れた。
「死ね」
ドラゴンは短く端的に冷たくそうつぶやくと、反対に熱く熱くほとばしるブレスが僕らの方へと放たれた。
僕は、三人を押しのけて前へ飛び出した。胸を張って、堂々と仁王立ちで構えた。
「シゲタカ!」
「メイメイ様!」
「メイちゃん!」
僕の名前を呼ぶ声を背中に受けつつ、僕はただひたすらに熱を浴びた。
「うおおおおお!」
無我夢中で僕は名刺を上へと投げ上げた。それは、最後の賭けだった。
でもやるしかなかった。だから、僕は信じて名刺を投げ上げ続けた。
「はあ……はあ……はあ」
プレスが収まると、僕は服をほのかに赤くしながらその場に立っていた。
「何とか耐えたか。ただでは倒れないその心意気は関心だ。だが、もうすでに満身創痍ではないか」
ドラゴンの言葉通り、僕は立っているのがやっとだった。
それでも立っているだけで充分だった。勝負はもう決していた。
「ふふっ」
「何が、おかしい」
「お前の敗因は名刺を宙に舞わせたことだ」
「何を言って」
驚いたようなドラゴンの言葉はそこで途切れた。代わりに、地面に激突する音が響いてくる。
土煙を舞わせながらドラゴンは地面に落下した。
「なぜ……」
「焦げる名刺を見て思ったんだ。僕の服は攻撃を吸収できる。なら熱もまた服に吸収してもらえばいいって。ただ、全部が全部吸収できるとは思っていなかった。だから僕は、ただひたすらに名刺に移して外へ出した。そして、お前の背中に刺さってる名刺は、お前のブレスだったものの要素を受け継いでいる」
「バカな。我のブレスで我が傷を負うはずがなかろう」
「そう。お前のブレスだけならそうだ。だが、現実はそうじゃない。僕の体が吸収していたのは、お前のブレスだけじゃない。ハチの毒も含まれていた。だからお前は、毒が回ってじきに死ぬ」
「なるほど、衝撃以上に体に痛みが走るのはそういうことか。貴様の方が一枚上手だったわけだ」
なぜか安らかな笑みを浮かべるとドラゴンは、これまでとは違う笑い声を漏らした。
「人間、見事なり」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます