第13話 ドラゴンを対策せよ

「ね、ね。ドラゴンいたんだけど、ドラゴンいたんだけど!」


 着地するなり、僕の言った言葉を聞いて、三人はポカンと大きな口を開けて間抜けな顔をしていた。


「いやだから、ドラゴンがいたんだって。目の前の方向にドラゴンがいたんだって。赤い鱗の大きなやつ!」


 僕の必死の説明を聞いても、三人はよくわからないといった表情を浮かべているだけだった。


「なんでだよ。なんでこんなずっと察しが悪いんだよ」


「いやだって、そんなの、さっきのセリフをごまかしてるようにしか聞こえないんだもん」


 ニヤニヤとした表情崩さずに、カナは平気で僕の古傷をえぐってきた。


「グフッ」


 僕は吐血するようにしながら、その場にへたりこんだ。


 実際に血は吐いていない。それでも、立っていられないくらいのダメージは負った。


 そんな僕の背中を、隣にしゃがみこんだマイちゃんが優しく撫でてくれた。


「お二人はメイメイ様のことを笑っていましたけど、私はかっこいいと思ったですにゃん」


「マイちゃん……」


 僕が顔を上げると、マイちゃんが優しくほほえみかけてくれた。


 やっぱりこの子は天使だ。


「いやいや、にゃいにゃい。あそこまで大見得切っておいて、何事もなく無事に助かってるって……ププ」


 そんな良い雰囲気をぶち壊すように、口に手を当てて吹き出している奴がいた。


 僕を転生させた元凶である自称女神様だった。


「僕はマイちゃんのためにこれから戦うよ」


「え、え? こ、困るですにゃあ。急にそんなこと言われても困ってちゃうですにゃ」


 すがるように僕が言うと、マイちゃんは僕とニャオミの顔を見比べるようにしながら、あわあわと混乱しだした。


 本当、いちいち動作が可愛い子だ。


 ただ、これ以上いじめるのもかわいそうだろう。


 僕は、一度長く息を吐いてから立ち上がった。


 すると、本気でマイちゃんの下につくんじゃじゃないだろうな、という疑いの視線を向けてくるニャオミと目が合った。


「いやぁー、本気でマイちゃんのために戦おうかなぁ。僕は別に誰のために戦ってもいいしなぁ。名刺芸ができるんなら同じことだしなぁ」


「お、お前にゃあ! アタシがお前を生き返らせた恩を忘れたわけじゃにゃいだろうにゃあ!」


「さぁどうだったかなぁ? そんなこと忘れちゃったなぁ」


「……わ、悪かったにゃ。ちょっとからかってやろうとしただけじゃにゃいか」


「声が小さくて聞こえないなぁ」


「悪かったにゃ。ごめんにゃさい」


 しおらしくしゅんとした様子でニャオミが謝ってきた。


 どうやら反省したらしい。


「まぁ、今日のところは許しておいてやるよ」


「お前にゃあ!」


 ブンブンと腕を振り回しながら迫ってくるニャオミの頭を押さえていると、カナが自分の顔を指さした。


「なら、わたしのために戦ってよ」


「それはお断りします」


「なんでよ!」


 カナの申し出を丁重に断ったところで、僕はふっと吹き出した。


 カナのほうも同じように、ふふっと笑ってくれた。


「その格好にも慣れてきたんだね」


「いや別にそういうわけじゃ……」


 またしても餌を与えてしまい、カナはニヤニヤとしたいやらしい笑みを浮かべている。


「そういうのはいいから。早くこの服がどんな効果を持っているのか説明してくれよ。ドラゴンの対策もしないとだし」


「はいはい。その服はね、相手の攻撃を吸収して蓄えておけるものなんだ。結構自信作!」


 ドラゴンのことは信じていない様子でカナはそう言うと、自信たっぷりに胸を張った。


 てっきり、また何かいじられるかと思っていただけに、すんなり説明してくれたことに拍子抜けしてしまった。


 しかし、吸収というのは、今現在、ハチに刺されたところが紫色の花柄になっていることを指しているのだろう。


 そのせいで、服の可愛らしさが増した印象だった。これならアロハのほうがマシだと思う。


「そもそもだけど、吸収して何の意味があるんだ?」


「メイちゃんは、その服の効果に疑念って感じかな?」


「まぁな。ファッション講座を受けている場合じゃない状況だしさ。今って結局、全部ドラゴンの前座に過ぎなかったってことだろ?」


「まぁまぁ、そう焦らずに」


 僕のことをなだめるように両手を動かしながらそう言うと、カナは僕の手から名刺を奪い取った。


「何するんだよ」


「いいから」


 カナはその名刺で、僕の胸元に咲いた紫の花を撫でてきた。


「ひゃっ!」


 突然のことに僕の口から変な声が漏れる。


 一瞬、何が起きたのかわからず、少しの間固まってから、僕は勢いよく後方へ飛びのいた。


「ご、ごご、ご、合意がなきゃ何もしないって言ったのに! カナの嘘つき!」


「え? 何もしてないじゃん」


 不思議そうにカナが小首をかしげた。


「い、いやだってほら、その、今、僕の胸を、撫でたじゃん」


 しどろもどろになりながらも僕はうつむき加減で抗議した。


 あの女は、名刺で撫でるついでに、指でも僕の胸を撫でてきたのだ。


 それでもカナは悪気なさそうに笑うだけだった。


「いやー柔らかかったよ?」


「感想は聞いてない」


「いいじゃん別に女の子同士なんだし、ちょっとしたスキンシップだよ」


「そ、そういう問題じゃない!」


「じゃあ何? 誰かに捧げる純潔があるってこと?」


「いや、男と付き合いたいとか、そういうのはないけど……」


「じゃあわたしと同じじゃん。わたしたちピッタリなカップルだね!」


「それは絶対違う!」


 またしても迫ってくるカナをよけながら、僕は耳まで真っ赤になるのを感じた。


 僕だってカナに悪意がないことはわかる。むしろ、今日会ったばかりの僕と仲良くしようと努めてくれているところは、きっと善意なんだと思う。


 でも、変なくすぐったさに情けない声を出してしまったことが受け入れられないのだ。その原因がカナってのが余計に受け入れがたい。


「くぅ。こんなことなら死んどきゃよかった……」


「落ち着いてって。ほら、これ見て」


「見るって何を……」


 聞きつつカナの持った名刺を見ると、その名刺は毒々しいまでの紫色に変色していた。


 すぐに、僕の胸元を確認すると、花が一輪消えている。


「うまく使ってほしいなって」


 差し出された名刺は、バサリという音にともに巻き起こされた暴風によって宙へと舞った。


 地面に突き刺さっていた名刺たちも、同じように吹き荒れる風によって地面から浮かび上がっている。


 代わりに、陽の光を遮るように地面には影が落ちた。


 上空には鋭い眼光を僕にだけ向けてくる、赤い鱗のドラゴンがその両翼を羽ばたかせていた。

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