第12話 羞恥心で死にそうになりました!

 ニャオミとマイちゃんが、一度顔見合わせてから、ビンのことがどうしたという顔で僕を見てきた。


「にゃにが言いたいんにゃよ。もしかして、アタシに食べさせてほしかったのかにゃ?」


「違う! いや、もう気づいてくれよ。この音ハチだろ?」


 ハチと聞いても、二人は同じような感じで僕を見てくる。


 全くピンと来ていないらしい。


 まだ耳元にいないというのに、羽音がすぐそこで聞こえているのだから、気づいてもよさそうなものだ。


 もしかして、これが普通で気づけないってことなのか?


 いや、それはないだろ。


「あーもう。これも僕の仕事ってことなのね」


 二人の協力を諦めて、僕は家の入り口へ向かった。


「待ってメイちゃん。まだ服の説明が」


 そんな風にカナが言いかけたときには、僕はすでに扉に手をかけていた。


 そのまま流れるように、僕は扉を開けてしまった。


 聞き返すために振り向きかけたその首を、僕は大音量の羽音を聞いてすぐさま正面に向けた。


「ぐうううう」


 扉を開けた瞬間、まるでダーツの矢のように、ハチがその体を僕の体にぶっ刺してきた。


 反射的に、後方にいる三人をかばうため、僕は体を大きく開いて、全身で全てのハチを受け止めていた。


 痛いなんてものではない。


 以前、野球部の流れ弾が飛んできて頭に当たったことがあったが、そんなものとは比べ物にならないほどの激痛だ。


 全身に対して、まるで砲丸投げの砲丸でもぶつかってきてるんじゃないかというほどの痛みが、体中が襲ってきた。


「ふぅ、ふぅ……」


 肩で息をするように何とか呼吸をすることで精一杯だった。


 衝撃もさることながら、ハチの攻撃はそれだけじゃない。


 ハチはミツバチと言うよりも、スズメバチのような姿かたちをしていた。つまるところ、猛毒を持っている種類なのだろう。さらにスズメバチは何度でも毒針を刺せると聞く。


 そこまで考えて、毒が全身に回ることを想像してしまい、ヒヤリとした感触が背中を撫でるのを感じた。


 マイちゃんは、この猫耳の肉体を指して、攻撃力は高いと言っていた。だが、防御力に関しての言及はなかったように思う。


 実際、これまではなんとか受け身をとって攻撃をしのいできたけれど、普通に痛かったし、普通に火傷だってした。


 そのことを考えれば、この体の防御力は普通の人間と比べて大差ないのだと思う。


 つまりここまで。ジ・エンドだ。


「ニャオミ、マイちゃん、カナ、ここから逃げるんだ。どうせこの家には裏口とかあるんだろ? そこから逃げろ。僕はもう助からないんだろうから、せめて、どうにか時間くらい稼ぐ」


「シゲタカ……」


「メイメイ様……」


 ニャオミとマイちゃんの言葉を受けて、僕は改めて、外に群がるハチを見た。


 そこには、空気中を埋め尽くすように大量のハチが滞空している。その背後には、女王蜂と思われるひときわ大きな体したハチまでいるみたいだった。


「万全の状態なら、これくらいなんてことないんだけどな」


 蜂の巣駆除なら、前世で体験済みだ。名刺でだけど。


「早く!」


 僕の言葉を受けて、すっと、こちらに歩み寄ってくる足音が聞こえた。


「いや、あのね、メイちゃん」


「カナ。色々と思うところはあるけど、僕はきみに助けられた部分もある。だから生きてほしい。服をダメにしてごめん。ここまで色々ありがとう」


「いや、だからね、メイちゃん。その服、丈夫だから」


 なんだかとても言いにくそうにカナは言ってきた。


 丈夫って言ったって限度があるだろう。


 僕は疑いつつ、自分の体を見下ろすと、ぶつかってきた時の姿勢のまま、ハチが離れていないことに気づいた。まるで時を止められたように、布に絡め取られているのか、ハチは動きを止めていた。


 それに毒が回るような痛みは無い。毒針は僕の体に届いていないようだ。


「刺さって、ない……?」


「あのね。わたしの作った服には、エンチャントが付与されてるから、防御力もバッチリなんだよ!」


「…………」


 その証拠なのか、服には紫色の花の模様が浮かんでいるだけで、僕の体にはすでに痛みはなかった。


 これが、魔道具の力……。


 顔から火が出そうなほど熱い。見なくても真っ赤になっていることがわかる。


「だからねメイちゃん」


「わああああ! ああああああああああ!」


 僕は気づけば叫びながら家を飛び出していた。


 すぐにハチたちが僕をめがけて飛んでくるが、それらすべてを名刺切り裂く。ついでに服に張り付いたハチたちも問答無用で切り裂いた。


 それから、全身のあらんかぎりの力を使って、僕はその場で跳び上がった。


「死にたい。死んでしまいたい。いや、殺してくれ、殺してくれ。むしろ殺してくれ!」


 あんなにかっこつけたのに、全然ピンチじゃなかった。死にそうになってたつもりだったのに、全然死ねなかった。


 もう、死にたい……。


 そんな僕をの願いを叶えるためか、ハチたちは、ビュンビュンと風を切りながら、跳び上がった僕を追いかけるように、お尻の針を僕へと向けて飛び上がってくる。


 だが、そのどれもは僕の跳躍に追いつかない。


 僕はふわりと空中に滞空するようにしながら、ただ、ハチが飛び上がっくる様子を見下ろしていた。


 誰も彼もが遅すぎる。女王蜂すら、その反応は遅れていた。


 僕を殺せる奴はいない。


 爆発がない。だから、泥臭い方法しかない。


「うわあああああ!」


 恥ずかしさで死にそうになりながら、僕はハラハラと指を動かし、大量の名刺出現させてから、それらを雨のように地面へ向けて放った。


 名刺はハチ一匹一匹を正確無比に狙いすまし、シュッシュと鳴る音とともに、ハチを確実に地面に叩き落とす。


 女王蜂を含めた全てのハチたちが地面に倒れて動かなくなった時、僕もまた自分の体が落下していることに気づいた。


 飛行機が着陸するときのような、心臓が持ち上がる感覚があってから、僕の体は一気に地面へと落下する。


 きっと死ねないんだろうなぁ。


 ニヤニヤ笑顔のカナの顔が容易に想像できる。


「グアアアアア!」


 その瞬間、クマのものとは違う叫び声が轟いてきた。


 僕の真っ正面の方向には、赤い鱗でその体を包んだドラゴンが、僕にガンを飛ばしていた。


 まるでヤンキーのようにガラが悪く、僕のことをにらみつけていた。


 それは、この世界の空は自分の所有物であるかのような態度で、その所有物を奪われたような怒りを滲ませてながら、ドラゴンは咆哮した。

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