第4話 猫になつかれました!

「マイですにゃ! この度はニャオミ様ともども助けていただき感謝ですにゃ!」


 元気な様子で改まって、茶髪の猫耳美少女こと、マイちゃんはそう自己紹介してくれた。


 小屋が吹き飛ばされたことを忘れそうになるほど、ひまわりのような笑顔がとってもかわいらしい女の子だった。


 そう、僕らは今、床面しか残っていない例の小屋で話していた。


「いやいや、当たり前のことをしたまでだよ」


「そんなことはないですにゃ! 私たちは力はあるんですが、周りの魔物がそれ以上に防御力があって、太刀打ちできずに困っていたんですにゃ」


「なるほど」


 たしかに効かなかったもんな、猫パンチ。


 しかし、それなら力不足というのでは?


 ま、いいか。マイちゃんかわいいし。


「そういうわけで、貴方様のお力は、私たちにはとーってもありがたいんですにゃ!」


 言うと、真正面に座っていたマイちゃんは、小屋だったものの床から立つと僕の隣に座ってきた。


 必然、距離が近くなり、視線と視線がぶつかる。


 そしてマイちゃんは、上目遣いになりながら僕の顔をじっと見てきた。


 え、なんだろうこの感じ。


「それで、貴方様はにゃんて言うんですにゃ?」


「にゃんて……ああ、名前か……」


 さて、なんと名乗ろうか。


 素直に明命重隆と名乗ってもいいのだが、どう考えても男の名前だ。肉体が同じならそれでも良かったのだけど、今はニャオミとおんなじ女の子の姿。


 白髪ロングの猫耳美少女が重隆とか名乗ってるのは、個人的にはギャップが好きだ。しかし、怪しまれればこの先が不安だ。


 うーん。どうしたものか。


 ニャオミのことをニャオミ様と言っているところを見ると、マイちゃんがニャオミの言ってた信者ということはわかる。


 となると、関係が悪くのはやっぱりよろしくない。


 そうやって、マイちゃんの顔を見つめたまま黙って考え込んでいると、マイちゃんが不思議そうに小首をかしげた。


「どうかしましたにゃ?」


「ううん。なんでもないよ」


 僕は首を左右に振った。


 仕方ない。明命と名乗ろう。こっちなら、まだ可愛げがある。


「僕はメイメイ。よろしくね」


「はい! よろしくお願いしますにゃ! メイメイ様。よければマイとこれからも仲良くしてほしいですにゃ!」


「もちろんだよ」


「にゃー! ありがとですにゃ!」


 嬉しそうに叫ぶと、マイちゃんは僕の膝の上に頭を乗せて、ゴロゴロと転がり出した。


 まるで本物の飼い猫のように、僕に体をすり寄せてくる。


 その姿は明らかにリラックスし切っていて、僕のことを警戒しているようには見えない。


 よかった。とりあえず怪しまれなかったみたいだ。


 そう胸を撫で下ろしつつ、改めて、僕はマイちゃんを見た。


 どこかの誰かさんと違ってとーっても愛らしい。見ているこっちがほほえんでしまうくらいに無邪気だ。


 ふと、その誰かさんのじっとりとした視線を感じて、僕は顔を上げた。


「……………………」


「なんですか? ニャオミ様。そんなに僕たちのことを見て。信者を取られてご不満ですか?」


「違うにゃシゲタカ」


「やめてください。僕はメイメイです。そんな名前は知りません」


「自分のにゃ前だろう」


「違いますよ。僕はメイメイですから。やめてください変な名前で呼ぶのは。ね。マイちゃん」


「にゃー!」


「何をそんなにほうけているのやら」


「口調が乱れてますよ」


「う、うるさいにゃ! いいから世界を救うのにゃ! アタシたちの困り事はまだまだたくさんあるんにゃ」


「別に助けないとは言ってないじゃん」


「じゃあさっさとやるのにゃ」


「でも実際、それでどうなるっていうのさ?」


「そうすれば、いずれうわさが広まって、そうしたら信者だって増えるはずにゃ」


「信者ねぇ。はいはい。わかりましたよ。やりますとも。約束しましたからね」


「うにゃー!」


 恨めしそうに見てくるニャオミをニヤニヤと見やる。


 さっきはギリギリまで名刺をくれなかったからな。これくらいの仕返しは許されるはずだ。


 しかし、この体なら人間だった頃より名刺を扱えそうな気がする。


 世界を救うなん約束がなければ、名刺芸をより極めていきたいところだけど、やはりそうも言っていられない。


 いや、名刺芸を極めるついでに世界を救えばいいのか。


 にしても、アタシたちとは、一気に世界が狭くなったな。信者よりも狭い感じがする。


「ニャオミ。ひとつ聞いてもいい?」


「にゃんにゃ。敬意が足りにゃいが、許してやるにゃ」


「信者ってもしかしてマイちゃんだけ?」


「…………」


 ニャオミが視線をそらした。


「マジか……」


「ち、違うにゃ! これには事情があるんにゃ!」


「そうですねぇ」


「聞け!」


 僕はニャオミの言葉を受け流しながら、マイちゃんの喉を撫でてあげた。


「んにゃー! ゴロゴロ」


 気持ちよさそうに脱力して、体が伸び切っている。


 そんな様子にニャオミの視線は強くなる一方だった。しかし、視線じゃ人は殺せない。


 僕は気にせずマイちゃんを撫でていると、突然、ふっと何かを思い出したように体を起こした。


「どうしたの?」


「そういえば、追われていたのは親グマでしたにゃ」


「親グマ? それがどうかしたの?」


「親が死んだとわかれば、当然、子グマがやってくるのですにゃ!」


 マイちゃんの言葉を受けてニャオミがニヤリと笑ったのが見えた。


 困り事がまだあるってそういうことかよ。ならもっとわかりやすく説明しろよ。


 何か言おうかと口を開きかけたところで、鋭敏になった聴覚が迫り来る物音を拾い上げた。


 マイちゃんの言った通り、遠くからやってくる子グマの接近を知らせてきていた。

 

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