第5話 クマキラー

 足音を隠そうともせずに、ドサドサと生き物とは思えないほどの大きさの音を立てながら、子グマことグリズリージュニアは僕らのいる小屋の残骸へと迫ってきた。


「速っ! ってか、デカっ! さっきのやつの倍はあるじゃん」


 早くも姿の見えてきている子グマは、思わず声が出てしまうほど、遠近感が狂うようなの巨体で、そこらの木々を押し倒しながらこっちへやってきている。


「当然にゃ。あれは次期この山の主にゃんだからにゃ」


 平然と言いつつ、ニャオミがいたずらっぽい笑みを浮かべながらこっちを見てきた。


 先ほど少し灸を据えてやったが、その一件では全く懲りなかったらしい。


 まったく……。


「お前は信者になんてもんと追いかけっこさせてくれてんだ」


「いいや。アタシは悪くにゃい。これはシゲタカのせいにゃ」


「は? 僕はどう考えたって今回のこととは関係ないはずだろ?」


「それは違うにゃ。だって子グマが動いたのは、親グマが殺されたからにゃんだぜ?」


 言われて思い出す先ほどの先頭の光景。


 前後の文脈はわからないが、僕はマイちゃんを守る目的でクマを狩った。


 しかし、そんなこと向こうからすれば関係のないことだろう。


 親が殺された。ただそれだけだ。


 たとえ向こうから攻撃をしかけてきていたとしても、その事実だけは変わらない。


 そうこうしているうちに、俊敏なグリズリージュニアは、そびえ立つ木々をものともせずに、もうすぐそこまで来ていた。


「またやるってことか」


 僕は先ほど使った名刺を取り出した。


 特別変わったところのない厚紙製の名刺だ。


 それでも、今の僕が使えば、魔物を狩るための武器くらいにはなるとわかった。


「また戦えばいいんだろ?」


 やれやれといった感じで僕が立ち上がると、ニャオミは僕の手を引いてきた。


「なんだよ。救えっていったり、引き止めたり」


「念のため言っておくが、オスの方が体毛が硬いにゃ。今のシゲタカじゃあメスの相手がせいぜいじゃにゃいのか?」


「じゃにゃいのかって言われても……そういうの、早く言って?」


「ふっふっふ」


 なんだか楽しそうに笑うニャオミだった。


 この感じだと意図的に隠されてたな。


 そんなに根に持つかね?


 でもまあ、言われてみれば、ただでさえ大きな体がさらに大きく見えるくらいには体毛の量も多そうだ。


「どうするにゃ? あれは流石に無理にゃんじゃ? アタシのさらにゃる助力がいるんじゃ?」


「いいや。そこまでじゃないよ」


 怪しげな取引は一度却下し、僕はクマへと意識を集中させる。


 ただの名刺じゃ通用しないというのなら、先ほどとは別の手段が必要だろう。となると、必然、今思い浮かぶ戦法は限られてくる。


 ひとまず、数で応戦か?


 はらはらと指を動かして、僕は手先指先腕の先から、じゃらじゃらと名刺を取り出した。


「い、今のはどうやったんですにゃ? どこからそれを出したんですにゃ? 他のものも出せるんですにゃ?」


「き、企業秘密」


 やたらマイちゃんに食いつかれ、僕は目線をそらしつつ誤魔化した。


 タネも仕掛けもある名刺芸だ。バラしてしまってはつまらない。


 さて、ざっと百枚もあれば弾数としては十分だろう。


「さあ、準備は整った」


 僕の宣言に呼応するように、クマはバッと草むらから飛び出してきた。攻撃体制で無防備だ。


 そんなクマに向けて、僕は開いた口の中と額へ向けて総数百枚となる名刺をいっせいに投げた。


 僕の手から放たれた百枚の名刺は回転したり、まっすぐ飛んだり、さまざまな軌道を描きながら、風を切りつつクマへと接近する。


 そして、クマがそれらの名刺を認識し大きく目を見開いた瞬間、名刺はクマの額に深々と突き刺さり、口を内からその肉体を突き破った。


 そこで勢いを失ったクマは、草むらと僕らのちょうど中間となる位置にその巨体を落下させると、大きな地ならしを引き起こす。ただの落下だというのに、地震のように地面が揺れた。


 血だまりになった地面に寝るクマはそのままぴくりとも動かなくなった。


「ふぅ。セーフ」


 僕は両手を地面と平行に広げて終わったことを示した。


 クマの飛距離が足りなかったのは、距離を見誤ったというよりも、途中で姿勢を変えようとしたことが原因だろう。


 完全に伸び切ったクマは驚いた表情のままで微動だにしない。


「さ。こんなもんだよ。名刺芸って言っても、切るだけが全てじゃないからね」


 振り返ってニャオミとマイちゃんを見ると、二人は異常事態でも起こったかのように、クマ以上にあんぐりと口を開けて固まっていた。


「いや、流石に驚きすぎじゃない?」


「紙をにゃげてそこまでの威力が出るとは思わにゃいにゃ」


「そうですにゃ! 救世主様にしても、いくらにゃんでもやりすぎですにゃ!」


「そんなことないって。木に刺さるくらいなら誰でもできるし」


「できにゃいからシゲタカを選んだんにゃ」


「シゲタカじゃない。僕はメイメイだ」


「そこじゃにゃいだろ」


 僕が突っ込まれてしまったが、実際これは重要な話だ。


 なんのことだかわからないといった感じでマイちゃんが混乱しているからいいが、正気になって考えられれば面倒なことになってしまう。


「僕はメイメイだ」


「わかったにゃ。わかったから」


 僕の視線に根負けしたのかニャオミは反省したように目を閉じた。


 よしよし。


 しかし、またさらなる子どもとか言われても困るし、何かしないとな。


「あっ」


 ニャオミの声を聞いて、クマが生き返ったのかと思い、僕は倒れるグリズリージュニアへと視線を戻した。


 しかし、動く様子はない。


 動く様子はないのだが、カサカサと草が揺れる音がする。


 はっとして、その奥、グリズリージュニアの背後にある草むらへと視線を移すと、キラリと鋭い視線を送ってくる少女と目が合ってしまった。

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