第3話 僕のチート能力
「急に世界を救えって言われても困るんだけど……」
なんだか、決まったみたいな感じで、僕に対してかっこつけていたニャオミに対して、僕は平然と言った。
そもそも何をどうしようとかっこなんてつかない。
だってそうだろう、僕らは二人して全裸なのだから。
そのままじっとりとした視線を送っていると、やれやれといった感じでニャオミは肩をすくめた。
「ま、オタクだから仕方にゃいか」
「だからオタク言うな」
「ただ、世界つっても、そこまで広い世界じゃにゃい。うちの信者のお悩み相談だにゃ」
「僕の言い分も聞けよ。てか、なんか急に身近な話になったな」
世界と言われて、全世界を想像していたけれど、魔王うんぬんの話ではなくて、個別の集団の話みたいだ。
それはそれで反応に困る。なにせ、急にスケールが変わるからだ。
世界ほどの大事は、一般人の僕にはすぐには考えが及ばない。だが、信者のお悩み相談というのは、誰かを転生させるにしては、問題が小さすぎる気がする。
そんな僕の疑念の視線から逃れるように、ニャオミは小屋のドアの方へと視線を移した。
「来たみたいだにゃ」
「何が?」
僕の質問に答えることなく、ニャオミは突然、背中からベッドに倒れ込んだ。
ふて寝でも決め込むつもりかと、そう思った瞬間、勢いよく小屋のドアが開かれ、何かがまっすぐ僕の胸に突っ込んできた。
「うぐぅ」
突然のことに、胸のクッションがなければ肋骨が折れていたかもしれない。
それほどまでの衝撃に、僕は反射的に自分の体を見下ろすと、何やらニャオミに似たような女の子が、僕の体に抱きついてきていた。
「助けてですにゃ!」
うるんだ目でそう頼み込んでくるのは、茶髪ボブカットの猫耳美少女。
状況が飲み込めず、新たな猫耳美少女の入ってきたドアの方を見ると、彼女に追随するように、クマが小屋を吹き飛ばながら中へ入ってきた。
「うわあああああ!」
「グオオオオオ!」
僕の悲鳴とクマの叫び声が共鳴する。
気づくと僕も、小屋と一緒に吹き飛ばされていた。
しかし、自分のものと思えないほどの身のこなしで女の子を抱えたまま難なく着地。
それから、ひとまずその子を脇に下ろして、僕はひっついてきたシーツを体に巻いた。
これで一応全裸ではあるまい。防御力には不安が残るが……。
「あの……」
不安そうに、僕の様子をうかがってくる女の子に、僕はできる限りの笑顔を返した。
「大丈夫だよ。じっとしてて」
「はいですにゃ」
お悩み相談って言うから、もっと安穏としたものを予想していたけど、どうやらファンタジーらしくなってきた。
それにしたって、言葉から受ける印象と比べると、どう考えても恐ろしいくらいに似つかわしくないクマが相手だ。だが、きっと僕なら何とかなるからニャオミに呼ばれたのだろう。
実際、動きはは格段によくなっているし、これがきっと、僕のチートってやつなのだ。
「てことは……この猫耳も僕のチートに関係があるのか? 僕が使える必殺技!」
一つのことが思い至り、僕は準備体操でもするようにぴょんぴょんと自分の体を跳ねさせた。
それから、クラウチングスタートの姿勢で構える。
そんな僕の様子に、クマも警戒するように、しきりに僕のことを観察し始めた。
「気づいてももう遅い!」
僕は一気に距離を詰める。
クマは反応すらできていない。
確実にとらえた、そんな感覚。
「くらえ、猫パンチ!」
全力のパンチがクマの胴体をとらえた。
怯んだ様子のクマへの一撃。
だが、クマは微動だにしなかった。
「あれぇ?」
スキだらけの僕に、すかさずクマは腕をなぎ払って僕の体を吹き飛ばした。
されるがまま、僕はゴロゴロと地面を転がされ、さらされた肌がずりずりと地面にこすれて普通に痛い。
「え、なにこれ。チートは?」
「にゃめればにゃおるにゃ」
声がして顔を上げると、白のワンピースを着たニャオミが僕のことを見下ろすように立っていた。
「なんてよく聞こえなかったんだけど」
「にゃめればにゃおるにゃ」
「いや、やっぱり何言ってるかよくわかんない」
僕の言うことには耳を貸さず、ニャオミはその場でしゃがみ込んだ。そして、すりむけた僕の腕を舐めてきた。
なんだか生暖かい感触が腕から伝わってくる。それと同時にみるみる傷が回復していく。
「うわぁ、変な気分」
「これくらいで意識するにゃ」
「まぁいいや、ありがとう。そんなことよりどこ行ってたのさ」
「服を着てたにゃ」
そう言うと、ニャオミはその場で一回転して着てきたワンピースを見せつけてきた。
自由人め。
「似合ってるから」
「ありがとにゃ」
「いや、そうじゃなくて。勝てそうにないんだけど、人選ミスでは?」
「そんにゃことにゃい。シゲタカで合ってるにゃ。武器がないだけで、これくらいにゃんでもにゃいはずにゃ」
「爪ってこと?」
「違うにゃよ。ほれ」
そうして差し出されたのは、一枚の紙片だった。
手のひらに乗りそうなサイズの小さな紙。
ついでに言うと、僕の名前が書かれている紙だった。
どこからどう見てもただの名刺だった。
「剣とか杖とかじゃなくて、名刺!?」
「そうにゃ。シゲタカの才能はブーストしてある。それに、人の足じゃリーチが短すぎるにゃ」
「それで、僕を猫に……」
ニャオミはこくりとうなずいた。
たしかに名刺なら、ニャオミの前でも使っていた。才能があると判断されてもおかしくない。
僕はニャオミから名刺を受け取って立ち上がった。
名刺を手にした僕を見て、クマはこちらへの警戒度を高めたようだ。
名刺一枚で何が変わる。そう思われるかもしれないが、名刺一枚あれば十分だった。
僕は名刺で生き物をさばける。
一度深呼吸をしてから、僕は先ほどより簡易的に構えてクマを通り過ぎた。
鉄格子を切った時よりスッキリした感触。遅れて、ドサリとクマの上半分が地面に落ちる音が聞こえてくる。
ほっと一安心しているところに腹部へと本日二度目の衝撃が襲ってきた。
「ぐへぇ……」
情けない声を漏らしながら見下ろしてみると、茶髪の猫耳美少女が再び僕を見上げてきていた。
「ありがとにゃん!」
安心し切ったように笑う女の子に対して、僕も自然と笑っていた。
「手始めに世界を救ってみようかねぇ」
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