種火②

 「一緒に、でっかい芸術祭をやろう!」








「…………」

「あれっ、手応えないな」

「うーーん……? よく分かんないけど多分お断りかなー」

「えっっ!!なんでよ?! 最高にドキドキワクワクな群像劇が始まりそうな誘いだったじゃん今!!」

「それ自分で言う?」




 この世の終わり、みたいな顔をされてついつい吹き出してしまった。




「いやだってさ、なんて? でっかい?」

「芸術祭だよ! でっかい芸術祭!!」

「いやごめん、強調されてもやっぱり分かんないって」

「つまり、脱廃部危機のため、虐げられている文化部同士手を取って頑張ろうじゃないか! ってことだよ!」

「いや、だから、なんて??」

「だからー、脱廃部危機のためにー、」

「聞き取れなくて聞き返したんじゃないわ!」

「へ?」




 私、別に漫才に興味ないしツッコミ志望でもないんだけど……。若菜が相手だとびっくりするくらい話が進まない。


 


 その後も似たようなやりとりを繰り返しながら、よくよく聞いたところ、つまり、こういうことらしい。




 若菜が部長を務める吹奏楽部では、今年、新入部員がほとんど入らなかった。文芸部と違ってわずかに数人入ったものの、全員が初心者で、中学から楽器に触れていた同期がいないというのはかなり心細い状況。


 そこで、定期演奏会などとは違う、普段は部活に興味がないような人の目にも留まる場を借りて何か打開策を、と考えたらしい。


 しかし、吹奏楽部は文字通り吹奏楽をする部活でしかないため、楽器を演奏する中で気を衒うような企画はできない。せいぜい流行りものを演奏して数人の部員に踊ってもらうくらいだ。


 その結果若菜が思いついたのが、「でっかい芸術祭」。吹奏楽部だけでやろうとするから出来ないのだ、と。


 部員が少なくて困っているのは何も若菜たちだけではない。文化部という大きなくくりで、各部活の成果を合わせれば、もっとでっかい企画が出来るんじゃないか! と考えたらしい。


 そうは言っても今年就任したばかりの若菜には、他部活に強力な人脈がない。だから、若菜の思いついた文化部である文芸部の私に、最初に声がかかった。





「それで、その、「でっかい企画」って何するの?」

「えーっと、それはこれから考える!!」




 ズコー。

 肩透かしもいいとこである。

 何をしたらいいのかも分からないのに軽率にやろう! とか誘うんじゃないよ。こっちも協力できるかどうか全く分からないし。




「ちがうちがう、ちょっとその死んだ魚みたいな目やめて」

「初対面の人に向かって死んだ魚みたいな目とかいうのやめて」

「それはごめん、違くて、何をしたらいいか手探りだからこそ、みのりんに協力してほしいの!」

「えー、やだ」

「即答!? なんっっっでだよ!!」

「だってめんどくさそうだし……」

「群像劇は働いてなんぼでしょ! 小説家なんでしょほらほら!」

「いやー、群像劇は書いてれば十分っていうか……。狭い部室に閉じこもって小説書いてる根暗にリアル群像劇とか提示されても、ねえ……」




 『種火』の発行が難航している今、正直文化部で手を取ろうという新たな発想には惹かれないでもない。

 ただ、そんな、他の部活がどう応じるかも全くわからないのに、構想段階から関わるような中枢部はちょっと……。




「ふーん、そうなんだぁ」

「え」

「いいよ? 別に無理強いはしたくないからねん」

「そ、そっか」




 覚悟してたよりもあっさり引いてしまう若菜に、なんだか拍子抜けした。




「いきなり話しかけちゃってごめんねー! やっぱ他を当たることにする!」




 顔の前で両手を合わせてお手本のようにぺろっと舌を出す。ほんとに諦めたんだ。




「ねえねえ、これで終わりにするから、ぶしつけついでに一個だけ聞かせてくれない??」

「な、何?」




 すんっ、と若菜から表情が抜け落ちた。ついさっき委員会で質問をしたときのように、凛とした大和撫子が憑依したかのように。





「みのりん、後悔しないの?」





 底の見えない真っ黒な吊り目に見据えられて、身動きどころか息まで出来ないような錯覚に囚われる。


 ごくり、と喉が鳴る。










 ____それで実梨は、後悔しない?










 ずるいよ。こんなの、お誘いやお願いなんてもんじゃない。

 脅迫じゃないか。

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