第1話 witch and doll and human⑲

「なるほどね。アンタのやったことは納得できないけど、理解はできたよ。じゃあリリィさん、今の話を聞いた上で確認したいことがあんだけどいい?」

「私? えーっと、何かしら?」

「リリィさんはコイツにご飯あげたりするのがやばいって分かっててやってんだよね?」

「ぐっ……そう言われると途端に立場が弱くなるんだけど。でもそうね。フィーちゃんがしていることは、生きるためとは言え決して褒められることではないわ。でも、私は今の仕事をするようになってから、ずっとこの子を見てきて、実の妹のように思ってる。さっきのライアンくんの言葉を借りれば、これは私の正義に従ってやってることよ。だから、私がしていることが悪いことだなんて思ってないわ」

「自分の正義に、ね。いいじゃん」


 そう言ってライアンは何故かニヤリと笑った。リリィとフィーは意味が分からず首を傾げるだけだが、イニは始まったとでも言いたげに片手で両目を隠す。


「なぁ、フィー。アンタ、売り飛ばされるって言ってたけど、フィーを買おうとしているのはどんなやつか分かるか?」

「えっ? んーとそうだな。直接は会ったことないんだ。でも、ボスが他の人と話してるのを盗み聴きした限りだと、いつもフードを目深に被ってるって言ってたかなあ」

「その情報だけだとちょっと弱いな……。他に特徴は何か言ってなかったか? こう、フード以外に身に付けてるものがあるとかさ」

「身に付けてるかあ……あっ、なんか細長い宝石みたいなモノをネックレスに着けてて、それがその人だって証明になるって言ってたかな? 後は分からないや。ごめんね力になれなくて」

「あぁ、いや。別に謝ることじゃねぇさ。ただ、そっか。ネックレスか。ふーんなるほどねぇ……」


 ライアンはそう呟いたっきり、何も言わずに考え込んでしまう。時折何かをブツブツと呟いているが、内容を聞き取ることはできない。


「ねぇイニ。ライアンって普段からあんな感じなの?」

「あーまあ……時々? 普段はそんなことないんだけどね」

「へぇ……」


 フィーはそんな返事ともつかない何かを呟いてから、ふとあることを思い出す。


「あっ、そうだ」

「ん? どうかした?」


 イニの問いかけに、フィーがこくりと頷いてみせる。


「ねえねえ。イニは今日ボスともう一人が最後にしてた会話って覚えてる?」

「最後にした会話……?」


 そこまで呟いてから、ようやくフィーが言わんとしていることを理解する。


「今夜はスポンサーの接待があるって!」

「そう!」


 イニとフィーが嬉しそうに声を弾ませる様子に、ライアンがようやく思考の海から戻ってくる。


「ってことは今夜そのスポンサーってやつがどこかに現れるってことか。そいつは好都合だな」


「ちょ、ちょっとちょっと。みんな何かしら話が進んでるんだけど、どう言うこと?」


 一人取り残されていたリリィが、困惑した表情で他の三人の顔を順番に見比べる。状況を説明しようとしたフィーを、ライアンが片手で止める。


「悪い、先にリリィさんに確認しなきゃならないことがある」

「確認?」

「あぁ。それによってはここから先の会話が無駄になるからな」


 ライアンのあまりの真剣な物言いに、フィーはそれ以上何か口を挟むことなく、ぐっと言葉を飲み込む。


「リリィさん。正直に答えてくれ。リリィさんは本当にこの町の犯罪組織のスポンサーのことは知らないんだな?」

「え、えぇ。もちろんよ。知ってたら今すぐにでもそいつをとっ捕まえてるわ」

「だよな。じゃあもう一つ質問だ。犯罪組織のボスが捕まらない理由はなんだ? 今日より以前からも、コイツから話を聞いてたんだろ?」


 突然指差されたことに驚いたフィーが思わず「あたし?」と問いかけるが、無視をする。今は確認が先だ。


「そんなの、逮捕できるならすぐにでもするわよ。でも、アイツは伊達に犯罪組織を束ねてない。逮捕するための確固たる証拠がないし、仮に苦労して逮捕したとしても、証拠となるものが不十分なんだから、無罪放免されて終わりになるのが目に見えてるわ。それに、何より私がフィーちゃんと繋がりがあるってバレようもんなら、今頃警察をクビになってるでしょうね。本来それぐらい警察機構って厳しいところなんだから」


 リリィが捲し立てるように言うのを聞きながら、ライアンは何度もうんうんと頷く。その意図が分からなかったフィーが、「ねぇ」とライアンを呼んだ。


「何だよ」

「何だよじゃないわよ。こんなこと確認してどうなるの? もしかしてリリィさんのこと、疑ってるんじゃないでしょうね?」

「もちろん理由はあるさ。だから、そんな目で俺を見んなって。ただ、どうしてもリリィさんが嘘を吐いてない、俺たちの味方たり得るって確証が欲しかったんだよ」

「私の?」

「そう、リリィさんの」


 その言葉に、イニがまさかとでも言いたげな表情を浮かべる。


「ねぇ、ライ。それって……」

「あぁ、そのまさかだよ。もちろん俺の予想が当たってたらの話だけどな」


 そこでライアンは言葉を区切ると、ぐっと前のめりになる。


「なぁ、二人とも。これを知ったら、きっと色んなことを疑うようになっちまうと思う。……それでも、真実を知る覚悟はあるか?」

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