第1話 witch and doll and human⑳

「ねぇ、リリィさんに黙って来ちゃったけど、大丈夫かな?」

「まだ出会ってそんなに時間が経ってないからこそ訊くけど、ライが素直に聞くと思う?」


 フィーの腕の中に収まったイニが、諦めがふんだんに込められた声で言った。目の前を歩くライアンは、こちらをチラリとも見ることはなく、ずんずんと獣道を進んでいく。


「……正直あんまり思わないかも」

「でしょ? だから諦めなさい」

「でもさぁ」


 フィーはそれ以上何かを言うことを諦めたのか、はぁとため息を吐き出す。

 思い出されるのはバルで先程ライアンから聞いた話と、その後の顔を真っ青にしたリリィの姿。彼女はしばらく考え込んだ様子だったが、「調べ物をするからここから動かないように」とだけ三人に言い残して、警察署へ戻ってしまった。


「リリィさん大丈夫かなあ」

「どうだろうな」


 前を歩くライアンが、ようやくこちらを振り返って言った。


「場所は分かってるとしても、今のリリィさんは一人。それにあの店で待ってるうちに、フィーが言ってた接待とやらは終わっちまうと思わないか?」

「そうかもだけどさぁ……」


 不安そうに口を尖らせるフィーだったが、諦めて渋々彼の後に続く。


「フィーが言ってた場所ってこの辺りか?」

「んーとね。あっ、見えてきた!」


 フィーが指差した先、そこには寂れた屋敷があるものの、門扉の前には人影は見えない。


「なぁ、ここって本当に誰も住んでないのか?」

「う、うん。だから取引とかに使うって聞いたことあるけど……でも、あたし自身ここに来るのは初めてだし、自信はないんだけど……」

「いや、大丈夫だよ。人の気配はちゃんとある」

「え?」


 ライアンがそう言って屋敷を指差すけれど、灯りはおろか、辺りもシンと静まり返っていて、彼の言うような人の気配は感じられない。


「……本当にある?」


 胸元のイニに問いかけると、彼女も当然だとでも言いたげにこくりと頷く。二人には分かる人の気配が分かっていないのは、どうもフィーだけらしい。


「ねぇ、二人はどうやって分かったの?」

「そうだな……例えば本当に使われてないんだとしたら、あのバカでかい門扉に絡みついてる蔦はもっと伸びてるだろうし、あー後はあれが分かりやすいか。あそこ。入ってすぐのとこに吸い殻が落ちてるだろ? ほら、まだ煙が出てるやつ」

「いや、そんなの見えないし……」


 フィーは必死に目を凝らして見るけれど、この距離からではライアンが言う特徴らしきものは全く見えない。


「じゃあ、それが本当だったとしてだよ。アイツらがいるってどうやって分かるの?」

「そんなのフィーの情報から考えてってぐらいだよ」

「それはちょっと人任せすぎじゃない?」

「問題ねぇよ。まっ、見てな」

「見てなって……あっちょっとライアン! 勝手に動いちゃダメだって!」

「いーからいーから。イニとフィーはとりあえずそこの茂みで隠れてな」


 ライアンはそう言うなり、散歩にでも行くような気軽さで歩き始めると、先程話していた巨大な門扉へと向かっていく。


「とりあえずライの言う通りにしましょ。ほら、フィーは隠れて隠れて」

「う、うん……」


 フィーはまだ納得がいっていないながらも、イニに急かされてとりあえず目の前の茂みに姿を隠す。イニは気楽にしているが、正直不安しかない。


「すんませーん!」


 そんな声が聞こえてきたのは、イニとフィーの二人が茂みに隠れてすぐのことだった。


「はぁ!?」


 驚きのあまり思わず溢れてしまった声を、すぐに口元を覆うことで隠す。どうやらライアンにも届いていなかったようで、彼は一度もこちらを見ることなく、再び「すんませーん!」と呑気に中に呼びかけている。


 ライアンがぽりぽりと頭を掻きながら、首を捻ったのとほぼ同時ぐらいに、ガチャリと扉が開く音がした。


「おい誰だうるせぇぞ!」


 そんな声と同時に、門扉の反対側に見慣れた男の姿が現れた。

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