第1話 witch and doll and human㊳

 差し出された手を握ると、なんだか少しだけ照れくさい。それでも、訊きたいことがあるんだったと、ジムの目を真っ直ぐに見遣る。


「なあジムさん。最後に一つ教えてくれないか。俺たちを他のヤツらと同じ独房に入れなかったのも、イニを俺と同じ部屋に入れなかったのも、あぁそうだ。もう一つ。リリィさんが無傷だったのも、全部ジムさんがそうしてくれって言ったからで合ってる?」

「アハハッ! キミには何でもお見通しだな」

「分かるよ。ジムさんならきっとそうするだろうなって思ったからさ」


 その一言に、ジムは一瞬きょとんとした表情を浮かべると、どこか照れ臭そうな表情を浮かべた。


「そうか……それにしても、いつから分かってたんだ?」

「何が?」

「警察が犯罪組織と裏で繋がってること。それから、俺がやったことだよ」

「二つ目は簡単。ジムさんの目だよ」

「俺の目?」

「そっ。ジムさんがこの町のこと話してる時の目が、嘘吐いてるように見えなかったんだよね。本当にこの町が好きなんだって思ったし、後はこの人は悪い人じゃないってのは、最初に俺を起こしてくれた時から分かってたことだしさ」

「……そうか。そう言われると何だか照れてしまうな。それで、もう一つの方は何でなんだ?」

「んーそれについては最初にフィーに財布スられた時、追いかけてる人たちが誰も本気で追いかけてないなって思ったからかな。それから、俺が昼飯たらふく食べた時もか。あそこまで露骨に組織の人間があの場にいて、怪しい動きをしてたのに、ジムさんが全く気にしてなかったように見えたんだ。それに、警察が来たのに、問答無用でフィーが俺から物を盗っていったってことは、今物を盗っても追われる心配がないって分かってたってことだろ? そこで確認したかな。まっ、もちろん違うとこもあるだろうけど、大体そんな感じ」


 ライアンが肩をすくめて言うと、ジムはカカカッと楽しげに笑った。


「どちらもカーライルくんの言う通りだよ。まさかあの店での出来事……いや、待てよ。あの時の食事代返してもらってないな!?」

「えっ? あーそんなことあったっけ?」

「あったから! あんな値段のもん食いやがって! 俺だって食ったことないんだぞ!?」

「ごめんごめんって。いつか払うよ」

「いつか払うってお前なあ……」


 ジムはそう言って呆れたように頭をボリボリと掻いたかと思うと、やがてふっと満足そうな表情を浮かべた。


「まっ、この町を救ってもらった礼にしては安すぎるか」

「別に救ったなんて大層なもんじゃないさ。それに、大変なのはこれからだろ? 本当に大丈夫?」

「それはお互い様だろ? カーライルくんだって、きっとこれから大変なこともあるだろう。まあ、こっちは頼もしい部下もいることだし、そこまで心配はしてないけどな」


 ジムが視線を向けると、その頼もしい部下は一人の女の子と別れの挨拶を交わしているところだった。


「私はフィーちゃんのこと、本当の妹みたいに思ってるわ」

「うん……ちゃんと伝わってるよ。ありがとう。えーっと、お、お姉ちゃん?」


 どこか照れたように言うフィーに、リリィが優しく微笑む。


「えぇ、行ってらっしゃい。本当はすっごく嫌だけどね。でも、こうなったら仕方ないもんね。こっちはお姉ちゃんに任せて。行ってらっしゃい。無理だけはしちゃだめよ?」

「うん。行って来ます」


 二人がぎゅっとハグしたのと同時に、出発を知らせる汽笛の音が高らかに響く。


「さっ、ライ。そろそろ私たちも行かないと」


 イニのその言葉に、ライアンはこくりと頷く。


「そうだな。……それじゃあ、二人とも。本当に助かったよ。色々ありがとね」

「何度も言うが、助けられたのはこっちの方だよ。またどこかで会えるのを楽しみにしてる」

「あぁ。それじゃあ、行ってくる!」


 ライアンはそう言うと、フィーの腕を掴んで走り出す。彼の肩辺りからひょっこりと顔を出していたフィーが手を振っている姿に、ジムとリリィは小さく微笑みながら手を振り返す。


「ライ! そっちじゃなくて隣の走り出してるやつよ!」

「あっ、こっちか!?」


 そんな楽しげな声たちは、そのままドタバタと走り出した汽車へ飛び乗ってしまう。


「危なかったな……」


 汽車の一番後ろ。なんとか無事に乗り込むことができた三人は、そろって安堵に胸を撫で下ろす。

 ライアンが顔を上げると、もう大分小さくなってしまったジムとリリィの姿が見えた。その二人がやっているのと同じように、三人はもう見えないだろうと思いつつも、揃って敬礼をし返す。もちろん、ジムに教わった通りに右手で。


 ◇


 やがて、駅が見えなくなると、三人はチケットに書かれた号車を目指し、歩き出す。郊外へ向かう列車だからか、乗客の数は少ない。


「で、フィーはこれからどうすんの?」


 ようやく辿り着いた席に腰を下ろすなり、ライアンがフィーに問いかけた。


「あたし?」

「俺の知り合いにフィーなんて名前のヤツはお前以外いないよ」


 やれやれと言うライアンに、フィーはむっとした表情を浮かべる。

「あのね。あたしの名前はお前じゃなくて、フィーよ。フィー・ソムニウムって立派な名前があんのよ」

「……わーったよ。俺が悪かった。で、どうすんだ?」

「うーん、どうしようかなあー。誰かさんのせいであの町にはもう戻れないわけだし」

「あのなあ……このまま身売りされるかもってところを助けたんだぜ? その言い方はないんじゃないですかねえ? フィーさん?」


 ライアンの一言に、フィーはふふっと微笑んだ。


「そうね……どう? 助けてくれたついでに旅の仲間を一人増やすなんて」

「はあ? フィーみたいなひょろっちいのが旅の仲間だぁ? イニはどう思う?」

「しーらない」


 イニはぷいっとそっぽを向いて、窓の景色へ意識を滑り込ませてしまう。彼女はこうなると、これ以上何を言っても無駄なことは、ライアンが一番分かっている。


「いや知らないって……あーもう、わーったよ。とりあえず次の町までな」


 フィーの嬉しそうな笑顔を見て見ぬ振りし、ライアンもイニと同じように窓の外を眺めることにする。燃えるような雲一つない夕暮れを、渡り鳥が群れになって飛んでいるのが見えた。


 ライアンがその光景を眺めながらくわっと大きく欠伸を一つした時、汽車の汽笛が三人の行く末を祈るかのように、高らかに鳴ったのだった。

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