第1話 witch and doll and human㉞

「け、喧嘩だとぉう? 虫ケラと、このワシがか?」

「残念だったな。てめぇはその虫ケラだと思ってたヤツに負けるんだよ」

「――ッ! あまり舐めるなよ虫ケラごときがァ!!」


 ムアヘッドの叫びに呼応するように、先程よりも大量の金属片が宙に再び浮かび上がる。しかし、ライアンは恐怖するどころか、余裕の笑みを浮かべてその光景を見ている。


「分かってねぇなあ。だからそんなん効かねぇってーの。てめぇの作る軟弱な鉄屑ごときじゃ、俺の炎には勝てねぇよ」

「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れッ! 虫ケラごときがワシの奇跡に勝てる訳がなかろうが!!」


 ムアヘッドがその手を振り下ろすよりも早く、ライアンは一歩踏み出す。


「はへっ?」


 ムアヘッドのそんな間の抜けた声につられるように、フィーがそちらへ顔を向けると、いつの間にかライアンがフィーのすぐ隣に立っていた。


「……うっそ」

「待ってろよ、フィー。もう終わらせるからな」


 ライアンが手をグッと握ると、彼の手で燃えている炎が、一層輝きを増した。


「全部遅せぇんだよクソハゲ。後悔なら檻の中で勝手にやってろ」

「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だッ‼︎ ワシがこんな虫ケラに負――」


「歯ァ食い縛れよ」


 そんな言葉と共に、炎を纏ったライアンの拳が、勢いよくムアヘッドの顔面に打ち込まれる。


 フィーが「あっ」と声を上げるよりも早く、ムアヘッドの身体が講堂の後方まで吹っ飛んでいく。

 それからすぐ、ドゴッと大きな音がしたかと思うと、大きなクレーターが講堂の後ろに出来上がっていた。その中心で、ムアヘッドが白目を向いて埋もれてしまっている。


「ぬりぃんだよ、てめぇの魔法はよ」


 ライアンが吐き捨てるようにそうポツリと呟くと、彼の胸元からすっかり土埃で汚れてしまったイニが顔を出す。


「どう? 終わった?」

「あぁ。終わったよ」


 右手をぶらぶらとさせながらライアンがそう答えると、すぐ後ろでへたり込んだままのフィーへ視線を向ける。ライアンはすっかりぼろぼろになってしまった上着を脱ぐなり、フィーの肩へそっと掛けた。


「フィー、大丈夫か?」

「うん……」

「怖かったよな。でも、もう大丈夫だからな」

「うん、うん……っ!」


 安心からまたポロポロと泣き出してしまったフィーを、ライアンがそっと抱きしめる。その温もりが今まで味わったことないほど心地よくて、フィーは声を上げて泣いてしまう。


 あぁ、生きてる。あたし、生きてるんだ。

 そんな当たり前のことがとても嬉しくて、ただただ信じられないほど幸福で。

 フィーはわんわんと大きな声で、大粒の涙を溢しながら、まるで幼子のように泣きじゃくることしかできなかった。


 ◇


「悪い。ちょっと待っててな」


 ようやく涙が落ち着いて来たフィーへ、ライアンがそう優しく声をかける。彼女のすぐ側には不安そうな表情をしたイニが寄り添ってくれている。


「イニ、フィーを少しだけ頼むな」

「えぇ。もちろん」


 イニの言葉に、ライアンがこくりと頷くと、後ろで伸びたままのムアヘッドの元へと歩いていく。どうやら完全に伸びてしまっているらしく、起き上がる気配はない。


「んじゃ、もらっていくぜ」


 言いながらムアヘッドの耳元からイヤリングを奪うと、急いでイニの元へと向かう。


「どうだ?」


 イニにそれを渡すも、彼女は途端に悲しそうな表情を浮かべて、首を左右に振った。


「だよなぁ……」

「ど、どうしたの?」


 ガックリと項垂れるライアンに、フィーが真っ赤に腫らした目を擦りながら訊ねる。


「……偽物だった」

「偽物?」

「そっ偽物」


 ライアンが言いながら少し力を加えると、彼の指先で、パキッと音を立ててカケラが砕けてしまう。


「本物はこんな簡単に壊れねえんだよなあぁぁ……」

「まあ偽物だし?」

「……分かってるけどやっぱキッツいんだよなぁ、これ」


 はぁと重いため息を吐き出すライアンとは対照的に、イニはあっけらかんとしている。その正反対な様子に、フィーはどうしていいか分からず、おろおろとしてしまう。


「で、でもさ。そのカケラが偽物だとしたら、なんであの人は魔法を使えたの?」

「それなんだよなあ……。まあ、分かんねえことは多いけど、とりあえずそろそろ逃げないとやばいか」

「へ?」

「外が結構ザワついて来てるな」

「そりゃこれだけ暴れたらそうなるわよ」


 二人は当たり前のようにそう言うけれど、フィーがいくら耳を澄ましてみても、そのざわめきのような音は聞こえそうにない。


「何も聞こえないけど……?」

「なら練習をした方がいいな」

「練習って……わわわっちょちょちょっとライアン!?」


 突然腰と膝に手を回されたかと思うと、そのままぐっと持ち上げられてしまう。この体勢は昔何かの本で読んだことがある。そう、あれは御伽話で王子様がお姫様を抱きかかえるときにするような――。


「しっかり捕まってろよ。あっ、喋ったら舌噛むからな」

「ふぇ?」

「ほら、口閉じなさい。逃げるわよ」

「えっイニまで。え? ええぇぇえぇえぇええぇ!?」


 フィーのそんな悲鳴を聞きながら、ライアンとイニは楽しそうに笑うのだった。

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