第1話 witch and doll and human㉛

「あーその、なんだ。なんとか入れたな」


 ライアンがそう呟いて後ろを振り向くと、胸を痛そうに抑えたフィーがうずくまっている。


「……悪かったわね。挟まって」


 憎々しげにそうは言うものの、先程思いっきり柵と柵の間に挟まってしまった部位の痛みに、顔をしかめることしかできない。それに、自分よりもしっかりした身体付きのライアンの方がすんなり柵の間を通ったことへのショックもある。


「……別に太ってないし」

「あっ、いやそれはもちろん分かってると言うか何と言うか……」


 どこか気まずそうに言うライアンを、イニがじっとりとした視線でを見ている。


「なんだよ」

「べっつにー? さっ、何はともあれ入れたんだし、よしとしましょ。ほらフィー、大丈夫?」

「平気ぃ」

「……あんまり平気そうじゃないわね」


 まだめそめそとしているフィーを励ましつつ、なんとか裏口近くの茂みまで移動する。

 途中何度か目の前を警備員が何人か通ったけれど、侵入者を探す気配は全くと言っていい程感じられなかった。途中何人かが慌ただしく警察署内に戻って行く姿を見かけたけれど、残された者たちに焦りの色はない。


「人が減ったのは多分ジムさんたちのおかげかな?」

「それは分からないけど……それにしても本当にやる気ないわねここの人たち」


 ちょうど目の前を談笑しながら通って行く二人を眺めながら、フィーの疑問にイニが答えてくれる。


「何でもいいさ。とりあえずあそこから入ろうぜ」


 こくりと頷き、三人はそのまま裏口へと移動する。ノブを恐る恐る捻るも鍵は掛かっておらず、これまたあっさりと中へ侵入することができた。


「びっくりするほどザルなんだけど……」

「本当に人望ないのね、あの人」


 イニの一言に思わず吹き出しそうになるけれど、フィーは何とか我慢する。そんな二人とは異なり、ライアンだけがずっと警戒するように辺りを見渡し続けている。


「ここは休憩室かなんかか?」

「みたいね。ほら、あそこに高そうなフルーツとかサンドイッチも山程置いてるし」


 フィーが指差した先には、色とりどりのフルーツが盛られたバスケットと、丁寧に積み上げられたサンドイッチがある。それを眺めていると、きゅうとフィーのお腹が可愛らしく鳴った。ライアンが何か言うよりも早く、イニを抱いていない方の腕をあわあわと動かす。


「ち、違うから! 昨日から食べてないからお腹空いただけだから!」

「何が違うんだよ……。そうだな、ちょっともらって行こうぜ。ここから先飯が食えるか分かんないんだしさ」


 言うが早いか、ライアンはサンドイッチをいくつか摘むと、そのまま勢いよく頬張り始めてしまう。


「うん。美味いなこれ」

「ね、ねぇ! こんなところでゆっくり食事なんかして見つかったらどうするのよ!?」

「見つかるも何も、少なくともこの近くに人の気配はねぇよ。それに、こんなに美味そうなのが置いてあるのに、食わねぇ方が食い物に申し訳ないってもんだろ。ほら、フィーも」

「わわっ! ちょっと投げないでよ!」


 ポンと放り投げられたりんごを、なんとかキャッチする。しばらくライアンとりんごを見比べたけれど、空腹に負けとそれにガブリと齧りつく。シャリっと瑞々しい音がして、すぐに口の中に甘味が広がる。


「ん〜〜〜! 美味しい!」

「よーし。適当に食ったら行くか。あんまりゆっくりもしてらんないしな」


 そうは言うものの、ライアンの手は止まっていない。どうやらここのサンドイッチを全て食べ尽くすつもりらしい。だからフィーも、もう一つだけバケットの中から食べやすそうなフルーツを手に取る。


 もしかしたら、これが最後の食事になるかもなんて、ほんの少しだけ考えたけれど、そんな不安はフルーツの甘さとともに、溶けて消えてしまった。

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