第1話 witch and doll and human㉚

「……本当にあんのか?」

「リリィさんが言うんだし、きっとあるはずだけど……もう修理されちゃったのかなぁ?」

「どーだろうな」


 講堂を囲む高い柵を見上げ、ライアンたちは困ったような表情を浮かべることしかできないでいた。

 人の目を盗んで少しずつ見てるからと言うのもあるが、これだけ広いと見つけた頃には日が暮れてしまいそうだ。


「なんならこの中にあのおっさんが本当にいるかも分かんないよな」


 ライアンの視線の先を追うと、欠伸をしたり、雑談に興じる警備員が数人突っ立っているものの、署内の騒ぎなんて何も知らないぐらいの空気が漂っている。


「多分、こっちにまで騒動が来ないって思ってるんだろうな」

「どうして? だってあの人、腹立つけど仮にも署長なんでしょ?」

「まーな。それだけ人望がないことの裏返しじゃないか? 警察が襲われたけど、狙いはあのおっさんじゃなくて他にあるだろ、みたいな」

「確かにあれだけ横暴な態度を取ってたら、まさかあの人が狙われるなんて思わないか……。あたしも同じ立場だったら思わないだろうし」

「そう言うこと。まっ、今中にいるかは分かんねえけど、ここでおっさんの講演会があるってことは間違いないみたいだな」

「えっ? なんで分かるの?」

「いや、そこの垂れ幕に書いてあるだろ」


 ほらとライアンが指差した先には巨大な垂れ幕が掛かっていて、そこにはデカデカとムアヘッドの腹が立つ顔と、その下には今日の夕方に、何かの講演会が行われる旨が書かれている。


「ほーん。いい町の作り方、ねぇ。よくもまぁあんなことしといて偉そうに話せるテーマだよな」

「ちょっと待って、まさかキミ字が読めるの?」

「読めるけど……これでも読み書き計算ぐらいならできるんだけどな」


 ちょっとだけムスッとした顔で言うライアンに、フィーは信じられないと垂れ幕と彼の顔を何度も見比べる。


「……嘘でしょ?」

「嘘だと思うでしょ? 本当よ」


 あまりの衝撃に、フィーは思わず手元でそう言ったイニを落っことしそうになる。


「あたしだってちょっとした物語を読めるくらいなのに……それなのにこんなに考えなしの暴力男があたしよりも知能があるだなんて……」

「いやこの世の中、文字読める人の方が少ないんだし、フィーだって十分凄いと……っておい待て。誰が考えなしの暴力男だ」


 ライアンの言葉ももう届いておらず、フィーはその場でガックリと膝を折る。彼女の腕の中で、慰めるようにぽんぽんとイニが頬を撫でてくれた。


「イニぃ、なんでなのぉ……」

「いやぁ、私に言われても」

「ったく何なんだよ二人して……まぁいいや。とりあえずこの中に用事があることには変わりねぇんだし、入れるところ探すしかぁ……ん?」

「ライ? どうかした?」

「いや、ここさ」


 ライアンが指差した先。最初は分からなかったが、フィーが目を凝らして見ると、少しだけ色が古ぼけた箇所があった。


「なんだろ? 他のところはしっかりとペンキを塗られてるのに、ここだけ塗り忘れちゃったのかな?」

「そんなことあるか?」


 イニの訝しげな問いに、ライアンとフィーは揃って首を捻る。


「ねぇ、もしかしてだけど、ここがリリィさんの言ってたところだったりする?」

「どうだろうな。見た感じちゃんとネジも締まってるし、リリィさんの言う欠陥なんてなさそうだけどな」

「やっぱりそうだよね――」


 言いながらフィーが柵に手を掛けた瞬間、バキッと嫌な音が辺りに響いた。


「あっ」

「えっ?」

「――――ッ!」


 三者三様の驚きで、フィーの手元を見る。そこには、驚くほどアッサリと折れてしまった柵の亡骸が握られている。

 フィーは思わず叫びそうになるのを既のところで我慢すると、折れた柵を持っているのと逆の手で、勢いよくライアンを叩いた。


「痛ってぇ!」

「どどどどうしよう壊れちゃったよ!?」

「壊したの俺じゃねえから!? っつーか俺だって壊れるなんて思ってなかったよ!」

「しーっ! 見つかったらどうするのよ!」

「先に突っかかって来たのはそっちだろ!?」


 辺りを急いで見渡すが、どうやら警備員達はこちらのことになど全く気がついていないらしく、先程から同じ調子でのんびりとした時間を過ごしている。


「……バレてはないみたいね」


 イニの一言に、三人揃って安堵する。フィーは音を立てないようにそっと今し方壊したばかりのそれを地面に置くと、不安そうにライアンを見つめる。


「まっ壊しちまったのはしょうがないだろ。とりあえず入ろうぜ」

「そ、そうよね。まずは中に入らないとだもんね」


 うんと小さく気合いを入れるフィーに、イニが小さく笑った。


「どうかした?」

「いいえ。ちょっと考えることがあっただけ。さっ、とりあえずさっさと入りましょ。さっきはバレなかったけど、ここにいたらいつ見つかるか分からないもの」

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