第1話 witch and doll and human㉘
「私の愛したこの町に裏切られるなんて……そんなの、信じたくなかった……ッ!」
「あぁ。その気持ちは分かるよ。でも、目を覚ましたところ悪いんだけどさ。とりあえず今は状況を整理させてもらってもいいかな? それで、リリィさんは何が?」
「え、えぇ……カーライルくんから話を聞いて、急いで署へ戻ってきたの。署の事件記録を調べれば調べるほど、ここが犯罪組織の罪を揉み消していることが分かったわ。今まで正義の機関がそんなことするはずないって思ってたから少しも疑問に思わなかったけれど、まさかこんなにすぐ近くに答えがあったなんて……警察失格ね」
「そんなことないさ。っつーか、そう考えるのが普通だろ」
ライアンの言葉に、リリィは小さく笑みを浮かべる。
「カーライルくんは優しいのね」
「優しくなんかねえよ。それで? その調べ物をしてたらジムさんが来たのか?」
「えぇ、そうよ」
「じゃあ、リリィさんは助けを、求めたの?」
フィーの問いかけに、彼女はこくりと頷く。
「そう。彼もこの町を愛していたから、きっと力になってくれるって思ったから……でも、違うかった。彼は顔を真っ青にして部屋を飛び出したかと思ったら、次の瞬間にはムアヘッドの直属の部下たちが現れて……気が付けば気を失ってここに監禁されていたの。あなたたちが来てくれなかったら今頃どうなっていたか……みんなには本当に感謝してるわ」
「そんなこと……」
フィーの言葉に、リリィは首を左右に振る。
「そんなことあるのよ。でも今はそんなこと話してる場合じゃないわ。私はこの町をこんな風にしたヤツらを絶対に許さない」
リリィはすぐ側にある机に手を掛けてなんとか立ち上がると、フラフラとした足取りで部屋を出て行こうとする。そんな彼女の前を、フィーが両手を広げて立ち塞がる。
「そんなボロボロの身体じゃ無茶だよリリィさん!」
「無茶でもしなきゃいけないのよ。この町を守るのが警察の仕事。それを怠るどころか、悪い方向へ持って行こうとした責任は、同じ警察が取らなきゃいけないの」
「で、でも……!」
「いいから!」
リリィの怒声に、フィーの身体がびくりと震えた。そんな彼女を安心させるように、ライアンがフィーの肩を優しく叩くと、今度はライアンがリリィの前に立ち塞がる。
「よくねぇだろ。なぁ、リリィさん」
「カーライルくん。退きなさい」
「いや、退かねえ」
「退きなさいと、言ってるのよ!!」
その頬に、大粒の涙を流しながら叫ぶリリィを、ライアンはじっと、静かな目で見つめる。
「あなたはまだ子どもでしょ? なのに、なんで、そんな目ができるのよ……」
「色々事情があってさ。それに、俺はまだリリィさんたちから受けた恩を返せてねぇんだわ」
「恩なんて……」
「ある。山程あるよ」
リリィは複雑そうな表情を浮かべると、そのままフィーとライアンを腕で押し無理矢理退かすと、扉の近くに倒れていた一人へ近付いていく。それから、ガチャリと重い音が部屋に響いた。
「二人とも、言うことを聞いて。お願いだから」
カタカタと震える手には、小型の拳銃が握られている。先程の音がゲキ鉄を起こす音だったと気が付いた時には、その銃口はライアンとフィーに向いていた。
「本当に撃てんの?」
震える銃口を睨みながら、ライアンが訊ねる。
「えぇ。撃つわ。これは警察の仕事。あなたたちに如何なる理由があろうと、これ以上この件にかかわろうとするなら、無理矢理にでも止めるしかないの」
ライアンはふぅと短く息を吸うと、一歩前に足を踏み出す。
「ちょっとライ! リリィさんは本気よ!?」
「分かってるよ、イニ。だからこそ、俺はこうしてる」
言いながら、ライアンは先程までフィーがそうしていたのと同じように、両手を広げて見せる。
「いいぜ。それがホップルウェル巡査としての仕事ならしょうがない。でもな。俺は今からリリィさんに訊く。これがあんたが話してくれた正義ってやつなのか? その正義は、自分が一人犠牲になれば果たされるもんなのか?」
「それは……」
リリィはぎゅっと目を瞑って天井を見上げると、空になっていた自身のホルスターへ拳銃をしまった。
「こんなことを言うのは警察としても、大人としても間違ってると思うわ。それに、こんなことをまだ子どもの貴方たちに言うなんて、大人として情けなくて恥ずかしいけど……。三人とも、私に協力してくれないかしら」
再び顔を上げた時、その目には先程までの自暴自棄になった色はなかった。あるのはただ、絶対にこの騒動を解決するんだという、強い覚悟だけ。
「情けなくなんてないよ。ってことで決まりだな。イニもいいだろ?」
「私が今ここで何か言っても採用されないからもういいわよ。あっ、怪我だけしないでね」
「そんな大怪我はしねぇって。で、フィーはどうする? わざわざこんな泥舟に乗ることはないんだぜ?」
ライアンがニヤッと笑いながら言うと、フィーはムッと頬を膨らませた。
「ここまで来てあたしだけ、はいさよならってできると思う? もうここまで来たら最後まで付き合ってやるわよ」
「ハハッ決まりだな。あっ、でもマジでヤバかったら逃げていいんだからな? まだ子どもなんだし」
「こ、子どもじゃないし! なんならキミより年上なんだからね!?」
「いや、それはないだろ」
「あるからッ! あたし十八だよ? ……多分だけど」
少しずつしぼんでいく声に、ライアンがぷっと吹き出してしまう。
「いや、多分って自分で言ってるし」
「あーもう! うるさいうるさい! とりあえずキミより年上なの! お姉さんなの!」
そんな様子に、イニとリリィは顔を見合わせてやれやれと笑った。
「ねぇ、多分リリィも同じこと考えてるよね?」
「そうね。二人とも本当に仲良しよね」
「「だから違うって!」」
リリィはふふっと笑ったかと思うと、その顔をすぐにキュッと引き締めた。
「さっ、そろそろ行かないと。今日のスケジュールだと確か……ムアヘッドは一日中講堂にいるはずよ。案内するわ」
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