第1話 witch and doll and human㉗

「おはざいまーっす」

「はい、おはよーさん」


 早朝の警察署内ではそんな穏やかな会話が交わされている。のどかな一日の始まりだと、一人がコーヒーを啜りながら考える。


「なーんかこんだけ天気いいと逆にやる気起きなくないですか?」

「だなあ。今日はあのクソ署長も一日講堂に缶詰めだし、このままテキトーに仕事してさっさと帰りたいよ」

「ハハッ言えてますね」


 瞬間、警察署内に爆音が轟く。鳴り響く緊急を知らせるベルに、先程までゆったりとした雰囲気を漂わせていた面々の顔が、途端に険しくなる。


「ほ、報告です! C棟が爆発しました!」


 徹夜明けだろう一人が、血色の悪い顔で執務室内に駆け込んでくる。

「C棟って……あそこは独房しかないだろうが! なんであんなところが爆発するんだ!」


 上司らしき男が悲鳴にも近い声で怒鳴ると、先程駆け込んできた人物が泣きそうな顔で首を左右に振る。


「わ、分かりません! ここに来る途中、窓から見えただけなんです!」

「――ッ!」


 皆がその報告を合図に、警棒や拳銃などを手に持ち駆け出す。


「いいか、これは訓練ではない! 繰り返す! これは訓練では――ヘハァッ!?」

「はい邪魔!」


 そんな声とともに、ライアンの拳がメガホンを持った男の顎を打ち抜く。男はどしゃりとその場に崩れ落ちると、周りにいた数人が悲鳴を上げた。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」


 倒れた男の上を、半べそをかいたフィーが駆け抜けていく。彼女の手にはオレンジ色の髪をした女の子の人形が抱きかかえられている。


「本当に! 本当に! キミと会ってからこんなことばっかりなんだけどー!?」

「んだよ。逃げ出せたんだから別にいいだろ?」

「いいわけないでしょ!? あんなことするなら最初に言ってよ!」

「あー……言っただろ?」

「言ってないからね!?」


 もうやだ本当に怖かったんだけど! と、泣きそうな顔で叫ぶフィーの腕の中で、イニが項垂れている。


「こればっかりは全面的にフィーに同意だわ」

「え? 何で?」


 言いながら、ライアンは襲いかかってくる警察たちを、文字通りちぎっては投げちぎっては投げを繰り返している。


「絶対もっと平和的な解決があったと思う!!」

「そうかあ?」

「そうでーす! 絶対にそう!」


 そんな会話とも喧嘩ともつかない何かを交わしながらも、三人は出口を目指して警察署内をがむしゃらに駆けていく。

 駆けていた、はずだった。


「……ねぇ、ここどこ?」


 言いながらフィーが覗き込んだ窓の外は、気のせいでなければ最初よりも高くなっている。


「んー……どこだろ」

「どこだろ、じゃないわよ! なんで逃げるって言ってるのに階段登ってんのよ!」

「いや、倒すのに夢中だったから……」

「倒すのに夢中だったって……確かに途中あれ、おかしいなー? とか思わなかったあたしも悪かったけどさ……まあいいや。とりあえず適当な部屋に入ってここからのことを考えましょ」


 フィーがぐるりとあたりを見渡すと、先程ライアンになぎ倒された被害者たちが男女関係なく伸びている。その中から、とりあえず一番人が倒れておらず、すぐに入れそうな扉を開いてみることにする。


「これだけ騒ぎが起こっても人が出てこないとなると、多分この中には誰も……」


 言いながら扉を開けたフィーの動きがピタリと止まる。彼女は細い唇をわなわなとさせると、そこに倒れていた人物の名前を叫んだ。


「リリィさん!!」


 フィーが駆け寄ってリリィを抱き起こすと、彼女の顔はすっかりと憔悴しきっている様子だった。何度揺すっても目を覚まさない彼女に、頭の中に考えたくない言葉がよぎる。


「大丈夫。気を失ってるだけみたい」


 イニのその一言に、ライアンとフィーは揃って胸を撫で下ろす。


「なんでこんなところにリリィさんが……」

「多分だけど、あのおっさんだろうな」

「おっさんって?」

「えーっとあのハゲた……アイツ。名前なんだっけ?」

「ムアヘッドのこと?」

「そうそいつ。警察署に戻るって言ってたし、大方情報を集めてる最中にバレたか何かで、ここに監禁されてたんだろうな」

「ひどい……」


 ぎゅっと唇を噛みながら、フィーが呟く。その瞬間、うぐっとリリィが小さく呻いた。


「ッ!? リリィさん! 分かる? あたしだよ、フィーだよ!」

「フィー……ちゃん? それに、カーライルくんとイニちゃんも」


 どうしてここに? と視線だけで問うてくる彼女に、ライアンがこくりと頷いた。


「ごめんなリリィさん。俺のせいで……」

「……いいえ。あなたたちのせいじゃないわ。私の不注意が招いたことだから」


 フィーに身体を抱き起こされながら、リリィがフラフラと立ち上がる。側に置いてあった水を飲ませると、ようやく彼女の意識もはっきりとし始める。


「ごめんなさい。私がロドニー巡査部長にあのことを話してしまったばっかりに……そうだ! あなたたちは? 大丈夫だった? 三人こそどうしてこんなところにいるの?」

「えーっと、捕まったんだ、俺たち。フィーが教えてくれた屋敷で、後一歩まで追い詰めたんだけど、ダメだった」

「捕まったって……そんな……」


 リリィは目に涙を溜めながら、信じられないと独りごちた。


「信じられなくても、これが事実なんだ。俺の言った通りだっただろ?」

「えぇ、そうね。この町は最初から腐ってた。まさか本当に警察機構とあの犯罪組織が繋がっていたなんて」


 リリィは昨日ライアンから聞いた話を思い出し、悔しそうに奥歯を強く噛んだ。

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