第1話 witch and doll and human㉓

「え?」


 フィーが振り返るよりも早く、扉が勢いよく開かれる。取っ手に手を掛けていたせいで体勢を崩したフィーが、短い悲鳴とともに廊下に飛び出してしまう。


「よお、フィーじゃねえか。それから、さっきのクソガキもいるなぁ」


 冷たい手で心臓を掴まれるようなゾッとする感覚に、フィーが顔を上げる。するとそこにはあの強面の男がニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべて、尻餅を着いてしまったフィーのことを見下ろしていた。

 逃げなきゃと思うよりも早く、男はフィーの髪の毛を引っ掴むとそのまま強い力で持ち上げる。


「――痛いッ!」

「フィー!」


 ライアンの叫びに、男はその笑みをさらに凶暴なソレへと変える。


「おっと、動くなよーガキ。それにしても、ぎゃーぎゃーウルセェから何だと思って来てみりゃあ、とんでもねぇ収穫があったもんだ。なぁフィー?」

「――ッ!」


 ぎゅっと唇を噛むフィーの顔へ男は顔を近づけると、その頬をべろりと舐めた。全身に走る悪寒に、フィーの顔には拒絶の色が浮かぶ。


「いい顔するなぁ〜やっぱりたまんねぇよお前」

「だっ、誰がいい顔なんてするもんですか!!」

「ケケッ! お前以外にいねぇよ。なぁ、ガキ。てめぇもそう思――ッ!?」


 言葉を言い切るよりも早く、ライアンの回し蹴りが男の顔面に叩き込まれた。ふっと力が緩んだ瞬間に、フィーを男の手から奪う。


「へっ?」


 いつの間にかライアンの腕に抱かれていたフィーが、そんな間抜けな声を上げる。


「大丈夫か?」

「う、うん。なんとか……」


 フィーがこくりと頷くのと、体勢を崩された男が勢いよく反対側の壁にぶつかったのは、同時だった。


「てんめぇ! 何しやがった!?」

「蹴った」

「んなこたぁ分かってんだよ! なんで蹴っ」


 今度は思いっきりライアンの膝が男の顔面にめり込む。フィーが驚きのあまり口をあんぐりと開ける動きに合わせるかのように、男の巨体がゆっくりと廊下の床へ沈んでいく。


「何だっけ? あーなんで蹴ったか、だったか? んなのフィーを怖がらせたから蹴った。それ以外に理由がいるか?」

「う、嘘でしょ……」


 ぱんぱんと膝の埃を払うライアンの姿に、フィーはその青い瞳を見開くことしかできない。


「どう? 少しは信じた?」


 胸元で笑うイニに、フィーはこくこくと頷いた。


「なんでそんなに強いの? アイツはこの町でも手が付けられない暴れん坊って言われてたんだよ!?」

「んなの……なあイニ」

「ふふっそうね。ライからすればソフィアの方が遥かに怖いし強いもんね」

「ソフィア?」

「うーん……簡単に言えばライには体術の先生みたいなのがいるのよ。それもとんでもなく強いね」

「えっライアンより強い人がいるの? 流石に冗談でしょ?」

「冗談だったらどれだけよかったか……。まっ、こんな生活してりゃそんなことばっかだよ。んじゃあ、行くか」


 手際よく男を近くにあったロープで拘束すると、ライアンが立ち上がりながら言う。その服の裾を、へたり込んだままのフィーがくいっと引っ張った。


「ん? 立てないのか?」

「た、立てるよ! そのっ、そうじゃなくて! あの、ありが、とう……」

「あーんなことか」

「んなことってキミねぇ! あたしがどれだけ――」

「いいからいいから。フィーが無事ならそれでいいだろ。ほら、立てるなら行くぞ。接待とやらが終わっちまう」


 ライアンの手に引っ張り起こされながら、フィーはふと彼の手の平の硬さに驚く。それから、温かい手だとも。


「フィー、何してんだよ。行くぞ」

「う、うん……」


 先を歩くライアンを追いかけながら、フィーはその手に残った彼の温もりを離さないように、こっそりと、ぎゅっと手を握った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る