第1話 witch and doll and human㉒
夜が来た。冷たい夜だ。
びゅっと吹いた風にフィーは身体をぶるりと震わせる。
「ほらこれでも着とけ」
そんな様子を不憫に思ったのか、ライアンが着ていた上着を脱ぐなり、フィーにそれを投げ渡してくれる。
「あ、ありがとう……」
上着に残る彼の温もりに、抱きしめると何故か少しだけ安心してしまいそうな自分がいる。
「あっ、嗅ぐなよ?」
「嗅がないわよ!!」
「あんたたち今隠れてるってこと分かってる!?」
イニの怒りの声に、ライアンとフィーはぐっと押し黙る。そうだった、今自分たちは隠れているのだったと、屋根の上から夜空を見上げながら思い出す。空には満点の星空と、細くなった月が浮かんでいる。
まさかこんな場所に隠れるなんてと、少し前の自分と同じことを考えた。
「ねぇ、本当にここに隠れるのが一番なの?」
「さっきも言っただろ? 下手に茂みに隠れてたら、偶然やってきたヤツらの仲間に見つかるかもしんねぇ。それに、まだお目当ての人物も来てないみたいだし、のんびり待つならここが一番いいんだよ」
言いながらライアンはゴロリと屋根に寝っ転がると、そのまま呑気に欠伸を一つする。確かにここからなら近くの窓から入れるかもしれないが、いかんせん高さが高さだ。彼の言うままにここまで登ってしまったが、さっきから時々下を覗いては視界がくらくらしてしまう。
「でも、こんなところに登ってて、スポンサーってのが来たときに分かるの?」
「分かるよ。なんなら分かんねぇ方が難しいと思うけどな」
「そうは言ってもさぁ……ねぇ、本当にあの話――」
そこまで言いかけて、フィーの口がピタリと止まる。どうやらその音は気のせいではなかったようで、ライアンも身体を起こして、音の方へ耳を澄ませた。
「こんなとこに歩きで来る奇特なやつ、俺らぐらいだもんな」
ニヤリと笑うライアンに、勝手に一括りされていることに少しだけムッとしたけれど、確かに彼の言う通りかもしれない。
「イニ、隠れてろよ」
「はーい」
そんな素直な返事とともに、イニがフィーの服(正確にはライアンのモノだが)へと潜り込んでくる。そのくすぐったさに思わず笑ってしまいそうになるのをグッと堪える。
ライアンがそうしているように屋根から音がした方を覗き込むと、黒塗りの車が一台、派手な音を立てながらやって来るところだった。
「よし、じゃあ今のうちに乗り込むぞ」
「えっ、もう? 作戦とか聞いてないんだけど?」
「あー……んなもんアレだ。サクッと入ってサクッと全員ぶっ倒して、目当てのもん回収しつつ、全員警察に突き出して終わりだ。ほら、行くぞ」
「いやいやいやいや! それ本当に作戦なの!?」
「フィー。諦めなさい。これがライなの」
「そんなぁ……」
がっくりと項垂れるフィーを他所に、ライアンはさっさと屋根から、すぐ近くのベランダへと降りてしまう。
「? 来ないのか?」
「あーもう行きます行きます行きますよー! 行けばいいんでしょ! 行けば!!」
フィーはヤケクソ気味にそう言うと、先に待っていたライアンの助けを借りながら、なんとかベランダへと降り立つ。
「で、ここからどうするの? この窓はしっかり鍵がかかってそうだけど」
「ん? 割る」
「割るぅ!?」
フィーの悲鳴のような言葉に、ライアンはこくりと頷く。
「それ以外方法あるか?」
「確かにそうかもしれないけど……分かったわよ。あんまりこれはしたくなかったけど、ここはあたしに任せて」
言うが早いか、フィーは髪留めを一つ外すと、窓の隙間に差し込み始める。
「何してんの?」
「ちょっと待ってて。もうすぐだから……ほら、開いた」
カチッと鍵が外れる軽い音とともに、フィーが窓を手前に引く。すると、先程までは確かに鍵が掛かっていたはずの窓が、鈍い音を立てて開いた。
「……すげぇな」
「凄くないよ。やり方知ってたら誰でもできることだし。ほら、行こ」
フィーはどこか不満げにふんと鼻を鳴らすと、そのまま屋敷の中へ入ってしまう。ライアンも彼女の後を追うように足を踏み入れると、想像より遥かに多い品々に圧倒されてしまう。
「もうちょっと整理整頓されてると思ったんだけどな」
「今は倉庫か何かなのかな? でも、見た感じそんなに高そうなものは置いてなさそうだけど」
「この暗闇の中でそんなことも分かんのかよ……」
「別に夜目が効くってだけよ。後は今までのケーケン」
「なるほどね。頼りになる」
「そ、そうかなぁ?」
てれてれとするフィーに、彼女の服の間からイニがムッとした表情で顔を出す。
「ねえ、早く行かなくていいの?」
「そうだったそうだった。ライアン、この先はどうするの? まさかだけど何も考えてないんじゃ……」
「ん? そのまさかだけど?」
「だよね」
フィーはがっくりと肩を落とすと、そのまま正面にある扉まで向かっていくなり、ピタリと耳を扉にくっつけ始める。それからじっと動かない様子に、ライアンが恐る恐る声をかける。
「何してんの……?」
「何してんのじゃないからね!? キミがノープランなんて言うせいだから!」
「俺のせいかよ」
「当たり前でしょ!?」
フィーはぷりぷりと怒りながらも、ずっと扉に耳をつけたままだ。
「もしかして扉の向こうの音でも聞いてんの?」
「そのもしかしてよ。うーん……多分物音もしないし、誰もいないと思うけど」
フィーはそう言いながら僅かに扉を開く。それから外を見回すと、ふぅと息を吐いてライアンに振り返った。
「うん。大丈夫みた――」
「フィー! 逃げろ!」
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