第1話 witch and doll and human⑰

 ホップルウェルに連れて来られたのは、昨日ライアンが食い逃げしようとした店。ではなく、もっと郊外にある小ぢんまりとしたバルのような店だった。

 まだ早い時間のせいか、ここが郊外にあるからかは分からないが、ライアンとホップルウェル以外に客の姿は見えない。


 貪るように食べるライアンとは違い、ホップルウェルは運ばれてきた時は熱々だった料理が、もう冷たくなってきたと言うのに、どこか不安そうな様相でキョロキョロと辺りを見渡すばかりだ。


「食わないの? 食わないなら貰っちゃうよ?」

「え? えぇ。どうぞ」

「あそ? んじゃ遠慮なく」


 ホップルウェルの前から、先程までは熱々だったカツレツの乗った皿を引き寄せ、一切れ口に含む。冷めてしまったせいで少し油が回ってしまっている気がしたけれど、肉にしっかりと味付けされているおかげか、美味しく食べることができる。


「ここのカツレツ、冷めても美味いね」

「………………」

「ホップルウェル巡査はここの常連なの?」

「………………」

「あー……ごめんやっぱり返そうか?」


 ライアンが気まずそうに残りが半分になったカツレツを指差しながら訊ねると、そこでようやくハッとした顔のホップルウェルと目が合った。


「え? あ、あれ? 私のカツレツは?」

「だから返そうかって」

「あー……そうだった」


 ぐったりと椅子にもたれかかるホップルウェルに、カツレツの残りが乗った皿を差し出す。


「ごめんて。これほら、綺麗なところだから」

「いえ、ぼんやりしてた私が悪いから気にしないで」

「あそう?」


 カツレツの残りにフォークを突き立ててから、「なあ、ポップルウェル巡査」と今度は返事をしてくれることを期待して、声をかけてみる。


「リリィでいいわよ。今はプライベートなんだし」

「んじゃ遠慮なく。で、リリィさんの話って? そのソワソワしてるのと関係あんの?」

「…………えぇ。そうよ」


 ワインが入ったグラスの縁を人差し指でなぞってから、リリィが頷く。


「いい? 今からのことは誰にも言わないでくれるかしら」

「今から?」

「えぇ。私がしていることは、立場上あまり褒められることではないの。でも、私はそれを間違っているとは思いたくないって感じかな」

「ふーん。それはリリィさんがしなきゃいけない、自分の正義に従ってやってるってこと?」

「正義なんて大それたものではないけど、まあそんなとこね」


 ライアンの問いかけに、リリィは小さく笑ってこくりと頷く。それから彼女が再び口を開こうとした時、店の入り口あたりから聞き慣れた声と、知らない声が聞こえてくる。


「――じゃあ、イニは本当に妖精さんじゃないんだ」

「――だからずっとそう言ってるんだけど!?」


 そんな楽しげな会話と共に入って来た二人と、ぱっちりと目が合う。


「あっ」

「げっ!」


 フィーとライアンが固まるのを他所に、イニが「ライ!」と嬉しそうな声を上げる。


「えっ? 二人は知り合いなの?」


 リリィの不思議そうな声を合図にしたように、ライアンが勢いよく立ち上がってフィーを指差す。


「おまっ、お前! あん時のクソガキじゃねぇか!!」

「ッ!? 誰がクソガキよ、誰が!!」

「てめぇ以外いねぇだろうが!? イニと俺の財布かえしやがれ! クソガキ!」

「はあ〜? 人のことクソガキなんて呼ぶような失礼な人にそんなこと言われたくないんですけどぉ?」

「そ、それはてめぇが人のモン盗むからだろうが!! ってかマジで返せ、今すぐ返せ!」

「残念ながらお金は渡しちゃったからもうないでーす。それにねっ、イニもアイツよりあたしと一緒がいいよねー?」

「え? いや私は……」


 突然話を振られたイニが、困ったようにライアンとフィーを見比べる。


「ほーら見なさい。イニもこう言ってるじゃない」

「いや、何も言ってなかったからな!? ってか人のモン盗んどいて偉そうに言ってんじゃねぇよ!」

「ふーんだ。さっきも言ったけど、お金はもうないから返せませーん」

「はぁ? じゃあなんとかして返せ! 今すぐにだ!」

「無理でーす。稼がせてもらってありがとーございましたぁー」

「稼がせッ……てんめぇマジでいい加減に――」


「うるさあああああああああああああああい!!」


 フィーの腕の中で、イニが叫ぶ。その言葉に、ライアンとフィーは二人揃って目を丸くした後、しゅんと肩を落としてしまう。そんな様子に、リリィはオロオロとそれぞれの顔を見比べることしかできない。


「とりあえずフィー。あそこに行ってくれる?」

「で、でも……」

「でもじゃない」

「はい……」

「ハンッ! てめぇが人の物盗んどいてそんなこと言うからだ」

「ライ?」


 イニの表情は優しく笑っているが、ライを見る目はもう一度怒られたいのかと問うているようだった。


「……わーったよ」


 二人が素直に従う様子に、リリィのパチパチと手を叩く音が、バルの中で軽快に跳ねていた。

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