第1話 witch and doll and human⑬
「カーァライルゥ!!」
ジムが勢いよくレストランに乗り込んでくるなり、ライアンの名前を叫ぶ。ライアンは呑気に片手を上げながら、今し方運ばれてきたばかりのデザートにフォークを突き刺す。
「おージムさんこっちこっち」
「こっちこっちじゃねぇからな!? 後、訳分からんところで勝手に俺の名前出してんじゃねぇ!」
顔を真っ赤にさせたジムが、ズンズンとライアンの前にやってくると、そのまま目の前の席に座る。額に浮かんだ汗の量から、ここまで走って来たことが伺える。
「食う? 冷たくて美味いよ」
「あっじゃあ一口……じゃなくてぇ! これは一体どう言うつもりだ? 後、そのスーツ俺がクローゼットの奥に仕舞ってたはずじゃ……」
「事後報告で悪いけど、借りたよ」
「いや借りるのは別に構わないんだが……ってそんな話をしに来たんじゃねえの。これはどう言うことだって話をしてんの」
「ん? 何が?」
「何が? じゃなくてだな……」
ジムは机に片肘をついて、盛大に息を吐き出す。そんな彼の肩に、ポンと手が置かれる。
「取り込み中なんだ。悪いが後にしてくれ」
「悪ぃが、後にはできねぇなあ」
「は?」
ジムが恐る恐る振り返ると、オーナーが相変わらずの強面で仁王立ちしている。彼の手に握られた一枚の紙が、バンッと音を立てて机に叩きつけられる。
「当店自慢のフルコース。デザートのおかわり付きで、締めて九十六エルと十五トロイだ」
「は、い……?」
「二度も言わすんじゃねぇ。コイツがジムさんの知り合いだって言ってたから飯食わしてやったんだ。保護者にはキッチリ払ってもらうぞ」
「は? 冗談だろその値段? 俺の一週間分の給料だぞ……?」
ガタガタと震えながらジムの視線が手元の伝票から、綺麗に中身がなくなった皿へと移っていく。それから、助けるようにライアンへ視線を向けるも、彼はバチンとウィンクを送るだけだ。
「んじゃ、ジムさん。後よろしくー」
「いや、よろしくってお前この金額……」
「おう。しっかり払ってもらうぜ。どうだったクソガキ。ウチの料理は美味かったか?」
「最高に美味かったよ。ご馳走さん!」
オーナーはニッと黄色く黄ばんだ歯を見せて笑うと、顔面を蒼白にさせたジムを厨房へと引っ張っていく。そんな彼の姿を眺めながら、ライアンは悪びれることなくひらひらと手を振る。
「カッ、カーライルゥ!! そこで待ってろ! 動くなよ! 絶対に動くなよぉ!!」
「悪いねージムさん」
やがて完全に厨房へとジムが連れ去られるのを見届けるなり、ライアンはそそくさと店を後にする。
「ちょ、ちょっとライ! 本当によかったの!?」
店を出るなりイニが帽子の中でライアンの髪を引っ張るが、ライアンは軽やかな足取りで人通りの多い道を歩きながらケケケッとどこか意地悪そうに笑う。
「別にいーんだよ。そうそうあれだ。必要経費ってやつさ。それに、これで分かったことがある」
「分かったこと? それってあの店とスリの集団がグルだってこと?」
「もちろんそれもある。でも、それだけじゃない。俺の予想が正しければ……おっと、もう一つ増えた。お目当ての人物のお出ましだ」
瞬間、身体に何かがぶつかる衝撃と共に、この前見たボロボロのローブを身に纏った人物が走り去っていく。
「あっ! この前見た!」
帽子から顔を覗かせたイニが叫ぶも、ライアンは呑気に歩き続けるだけで、その姿に焦りはない。
「ちょっと! 追わなくていいの!?」
ライアンとは対照的に焦るようにイニが声を張り上げるけれど、当のライアンは「大丈夫だよ」と笑っただけだ。
「何が大丈夫なのよ!? もう背中だってあんなに……」
「だから大丈夫だって。追ってるぜ。ずっとな」
「えっで、でも今――」
「――向こうもそんなバカ正直にスリはしてないってことさ」
そう言ったライアンの視線の先には、帽子を目深に被ってトボトボと歩く同い年くらいの少年が一人いるだけで、おおよそ先程の人物とは似ても似つかない。まだ何か言いたそうなイニを無視してライアンは少しずつ少年と距離を詰めていき、やがて彼が裏道に足を踏み入れた瞬間、グッとその腕を掴む。
「よおクソガキ……今盗んだもんと、この前盗んだもん返してもら……ガキ?」
少年が振り返るのと同時に、目深に被っていた帽子がポトリと落ちた。
サラサラと流れ落ちた黒髪は長く、そしてその瞳は深い青色をしていた。ちらっと下を見ると胸のあたりが少しふっくらとしている。
「えっ女?」
驚きのあまり固まってしまったライアンの頬を本日二度目の強いビンタが襲った。突然のことに思わず体勢を崩してしまい、尻餅をついた拍子に帽子と一緒にイニが「うわわっ!」と悲鳴を上げながら転げ落ちてしまう。
「ちょっとライ!!」
地面に転げ落ちたイニが、そんな抗議の声を上げる。その光景に少女は目を丸くしたかと思うと、次の瞬間にはイニを引っ掴んで脱兎のごとく走り出してしまう。
「――……えっ?」
ようやく何が起こったのかライアンが理解したのは、少女の姿がすっかり見えなくなってからだった。
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