第1話 witch and doll and human⑨
ライアンが口を開いて文句を言うよりも早く、ジムとホップルウェルが勢いよく立ち上がって二人に向かって敬礼をする。
「ムアヘッド署長! お疲れ様です!」
「お疲れ様です!」
ムアヘッドと呼ばれた男性は返事をすることなく、チッと小さく舌打ちをする。
「なんだ、いたのかね」
「はっ! この会議室の予約は入っておりませんでしたので、使用しておりました」
敬礼の姿勢のままジムが答えるも、ムアヘッドは腹立たし気な表情を浮かべるだけだ。後ろではそんなやり取りが起こっていることなど気にも留めていないのか、メガネをかけた女性が退屈そうに爪を眺めている。
「これだから無能な虫ケラは困る……」
「――なっ!」
ホップルウェルが何か言い返そうとするのを、ジムが視線だけで止めると、ぐっと唸るような声を上げて押し黙ってしまう。
「フンッ。犬の躾はしっかりとしておくんだな。それで? その薄汚いガキはなんだ?」
「あん? ガキって俺のこと?」
ライアンが訊き返すと、ムアヘッドは露骨に嫌そうな顔を浮かべる。
「貴様以外にここにガキがいるか? まだママから乳離もできていなさそうな顔しくさってからに」
「いやあ、さすがに乳離れはしてるだろ? もしかしておっさんは十六まで乳離できてなかったのか?」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!! 何だこの失礼なクソガキは!?」︎
ムアヘッドは顔を真っ赤にそう怒鳴ると、勢いよく壁を殴り付けた。さすがに後ろの女性も驚いたのか、びくりと身体を震わせた。それに合わせて、彼女の耳に着けられたイヤリングが揺れる。
「署長、この子ですが――」
「うるさいぞ虫ケラッ! さっさとこのガキをここから連れ出してしまえ!」
ムアヘッドは唾を撒き散らしながら、何か言いかけたジムに怒鳴ると、そのまま扉も閉めずに出ていってしまう。ちゃんと女性の腰に手を回しているあたり、彼女がお気に入りであることが伺える。
「何なのあの失礼なおっさん! ライもそう……ねえ、さすがに見過ぎじゃない? 確かにあの女の人、胸が大きくてグラマラスだったけどさぁ」
「ん? そうだっけ? ただちょっと気になったことがな。で、それはそうと何あれ?」
「あぁ、ここの署長だよ……」
ライアンの問いに、ジムが疲れたと言いたげに答えてくれる。後ろでは何故か笑いを我慢してるホップルウェルが、静かに扉を閉めてくれる。それを確認してから、再び口を開く。
「いや、それは分かってんだけどさ。最後に一緒にいた人、あれ奥さんか何か?」
「いや、愛人ってやつだね。最初は隠す気もあったんだろうが、実の息子殴って奥さんと子どもに逃げられてからはもうあの調子だよ」
「他の人は何も言わねーの? ほら、いるか分かんないけどもっとお偉いさんとか、ここで働く人とかさ」
「周りという点で言えば、あの人はここの大地主の息子だからね。誰も何も言えないんだ。それに、上に媚を売るのだけは上手いからタチが悪い。そのクセ自分よりも身分が下の人間にはいつもあんな感じなんだから、たまったもんじゃないよ」
「ふーん。苦労してんのね」
「本当にな。まあ、今はそんな話はどうでもいいんだ」
ジムはやれやれと言いたげに新しいタバコに火をつける。
「さっきの話の続きだが、君に頼みたいことがある。受けてくれるかい?」
「そりゃあもちろん。飯食った分と受けた恩の分はしっかり返すよ」
「助かる。あぁそうだ。カーライルくんなら言わなくても分かってると思うが、イニちゃんはしっかり隠しておくようにな」
「わーってるって。イニを隠しておくのはこれまでと変わんねえし、大丈夫だって。なぁ、イニ」
「だといーけど」
「イニちゃんは現実的だな。それじゃあ協力してもらうことの話にも繋がるし、この町の治安について説明しようか」
ジムは短くなった煙草を灰皿にぎゅっと押し込むと、話しづらそうに口を開いた。
「警察の俺が言うのも情けない話だが、この町には昔からスリを生業としたある犯罪組織があるんだ。犯罪組織と言っても、元々は身寄りのない子が集まったような小さな組織だったんだが、最近は違法薬物の売買や売春の斡旋まで行うようになってな」
「なんかその話だと、最近バックに何かの組織がついたみたいな言い分だね」
「まさにそうだ。バックにいるのがどんな組織かは分からないが、そいつらが関わるようになってから急に犯罪率が高くなったせいで、俺たちは毎日てんてこ舞いってわけ」
「あーそれでイニについて訊いたってことか」
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