第1話 witch and doll and human⑩
「私?」
なんで? と言いたそうな表情でイニがライアンを見上げる。
「外から来た素性の知れないやつが、大事そうに人形を持ってたら、何かしらあるんじゃないかって疑うってこと。今回で言えば、イニの身体の中に薬物か何かが入ってるんじゃないかって疑ったってことだろ?」
「そう、正解だ。さっき話したもう一つの理由に関係してくることだね。二つの理由からどうしてもカーライルくんには話を聞く必要があったんだ。疑ってしまって申し訳ない」
「いやいや。それがジムさんたちの仕事なんだから仕方ないだろ」
「そうそう。疑われたのはちょっとショックだけど、こうして証明書? を出してくれたわけだし、結果オーライよね」
イニがそう言って笑うと、ジムの表情が少し和らいだ。
「そう言ってもらえると助かるよ。基本的に疑われるのは気持ちのいいことではないからね」
「まあ、こればっかりは言ってもしょうがないさ。で、単刀直入に訊くけど、俺はどうしたらいいんだ? 俺ただの修理屋だけど」
「一つ調べて欲しいことがあるんだ。もちろん危険なことはさせないと約束する。その調べて欲しいことって言うのは、この町についてなんだ」
「調べる? 歴史とかってこと?」
「ごめん、言い方が悪かったな。町の雰囲気だったり、人の様子をカーライルくんなりに探って欲しい。それで感じたことを俺に教えて欲しいんだ」
「ふーん……」
ライアンはそう呟くと、ふむと考え込んでしまう。その様子に、ジムとホップルウェルが顔を見合わせる。
「カーライルくん?」
「ん? あぁごめん。ジムさん、今の話って続きがあるんじゃない? と思ってさ」
ライアンの緑色の瞳が、ジムを射抜く。しばらくジムはその瞳を見つめていたが、やがて、出会ってから一番大きなため息を吐き出した。
「君に隠し事は通じんな……分かった。正直に話そう。カーライルくんには、ある人物の噂を探って欲しいんだ」
「ある噂?」
「そう、ある噂だ。さっき奇跡復権派について話しただろ? 実はこの町の犯罪組織のバックに着いたのがそれなんじゃないかって噂がある」
「へぇ。奇跡復権派って名前の割には魔法使ってどうこうしたりはしねぇんだ」
「はははっ確かに君の言う通りだ。まあ、実際は魔法や奇跡というものは存在しないって証左なのかもしれないな。ただ、」
ジムはそこで言葉を区切ると、誰にも聞かれたくないとでも言うように、ぐっとライアンに顔を寄せた。それから、とても小さな声で言葉を続ける。
「向こう側のお偉いさんは魔法を使うんだそうだ」
「はあ?」
危うくずっこけるところだった。なんなら隣では、イニがずっこけている。
「いや、今さっき魔法はないって言ったのはジムさんだろ?」
「そうなんだよ。だから、正直なところ俺はそんなものを信じてはいない。でもな、ある不思議なカケラの話を聞いたことはないかい?」
「カケラぁ?」
一瞬、イニがこちらを見た気がしたけれど、ライアンは気が付かないフリをする。どうやらジムも気が付いていないらしく、新しいタバコに火をつけながら、少しだけ気まずそうに口を開いた。
「そう、カケラだ。なんでもそれを持っているだけで、通常ではあり得ない、まさに奇跡と呼ぶしかない力を扱うことができるらしいんだ。いや、疑うのは分かる。だから、そんな変な顔で俺のことを見ないで欲しいんだが……」
「ごめんごめん。で、俺はその人について訊いて回ればいいってわけね」
「簡潔に言うとそうなるかな。まあ、大々的にされても困るが、危なくない程度に頼むよ」
「了解。飯も食べさせてもらったし、やれるだけのことはやるさ。んじゃあ、俺はそろそろ行くよ。これ以上仕事邪魔しちゃ悪いし」
「いやいや、これも仕事の内だから気にしないでくれ」
ジムがそう言って笑うと、それを合図にしたように後ろのホップルウェルが扉を開けてくれた。ライアンはそんな彼女にお礼を言いかけた時、ジムが「あっ」と小さく声を上げた。
「そうだ忘れてた」
「何が? あっ、いつ報告すればいいのか的な話?」
「あーそれについてはもちろんそうなんだが、一つ訊き忘れてたことがあった。二人はどこに宿を取ってるんだ?」
「宿?」
ライアンがイニと揃って首を傾げると、何故かホップルウェルも同じように首を捻る。
「宿って知ってますか? 寝泊まりできる場所のことを言うんですが」
「いや、宿は知ってるよホップルウェル巡査。ただ、これまでも宿に泊まったことなんて数回しかなかったから、そんなこと訊かれるとは思わなくてさ」
なあ? とイニに問いかけると、彼女は同意するようにこくりと頷いた。
「宿ってどこも高いもんね」
「なー。前いたとこなんて、馬小屋みたいなとこで一泊八十エルって言われたもんな」
なーと笑い合う二人に、ホップルウェルは思わず顔を引き攣らせてしまう。
「それは……流石にぼったくられてるんじゃないかしら?」
「いやいや、どこの町もこんなもんだと思うよ。俺の地元だって似たようなもんだし」
「そ、そうなの?」
困惑した表情を浮かべるホップルウェルとは別に、ジムはどこか厳しそうな顔でイニを見る。
「だとしても、イニちゃんのことが本当に大切なら、万全を期して宿に泊まった方がいいだろうね。この町では泥酔したら最後、身包み全部剥がされるなんてよく聞く話だからね。イニちゃんみたいな精巧に機械人形なんて、ヤツらからしたら喉から手が出る程欲しいだろうし。ただ、聞いてる限りお金の心配もあるだろうし、今夜は俺の家に泊まるといい」
「えっ、でもそこまでしてもらうのは……」
「何、その代わり、家の掃除を手伝ってくれればいいさ」
困ってる人を助けるのが警察の仕事さと、ジムは楽しげに笑った。
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