第1話 witch and doll and human⑦

「分かった……。イニ、この人たちは大丈夫だ」


 ライアンがそう声をかけると、すぐ側の機械人形のオレンジ色の瞳がこちらを見たのが分かった。その目にはまだ少し疑いの色があったけれど、ライアンはこくりと頷くことで答える。


「…………本当に誰にも言わないんでしょうね」


 イニがそう言いながら立ち上がった瞬間、ホップルウェルが息を飲むのが分かった。


「私はイニ。機械人形よ。間違っても、ブ、ブリキって言わないでちょうだい」

「嘘っ……」


 続く言葉を、必死に飲み込んでいるホップルウェルと目が合う。視線を逸らすと冷静を装っているが、目に動揺の色が浮かんでいるジムがじっとイニのことを眺めていた。


「さっきイニから話があったけど、改めてこいつはイニ。俺が拾って修理した機械人形だ。申し訳ないけど、どう言う理屈で感情を持って、自分で動いてるかは分かんねえ。それでも、修理したのは俺に違いないから、どう言う原理で動いてるかは説明できるよ。あぁ、それから本人が一番気にしてるから、ブリキって呼ばないでくれると嬉しいかな」

「自律駆動する意思を持った機械人形……間近で見るとこれはすごいな」

「え、えぇ……本当に。夢を見てるみたい」


 二人の言葉にイニは気分をよくしたのか、胸を張ってふふんと笑ってみせる。


「一応確認なんだが、実はカーライルくんが腹話術か何かで喋ってるってことはないよな?」

「ないない」

「だよな……」


 ジムはそう呟くと、イニの身体を上から下までじっくりと眺め回す。その様子に、イニが少しだけ気持ち悪そうに身体を捻った。


「ロドニー巡査部長。変態みたいです」

「うえっ!?」


 ジムはそんな間抜けな悲鳴を上げると、咳払いを一つした。


「悪いことをした。ごめんな、イニちゃん」

「う、ううん……平気よ」


 イニは言いながら、ライアンの服の袖を引っ張る。


「悪いねジムさん。で、他に訊きたいことは?」

「あ、あぁそうだった。そしたらイニちゃん。訊いてもいいかい?」

「私?」

「そう。君だ。イニちゃんの身体の中は機械でできていることに間違いはないね?」

「うん。それは間違いないわ。ほら、私の関節は全部球体関節でしょ? ほらね」


 言いながら、イニは二人によく見えるよう両腕を上げて関節部分をあらわにする。それから、「ライ」と自らの相棒を呼んだ。

 ライアンはその呼びかけに、声での返事はしないものの、イニの着ているワンピースのチャックを下ろし、真っ白な肌を露出させる。


「カ、カーライルくん? 何をしてるの?」


 ホップルウェルがどこかオロオロとした口調で訊ねるが、ライアンは気にせずにイニの背中部分を指でグッと押し込む。すると、パコっと軽い音がして真っ白なその一部分を外してみせた。


「見える?」

「これは……?」


 ライアンが二人に見えるよう、イニの背中を差し出すと、二人は目を丸くしてその部分に見入ってしまう。


「こんな細かい機械みたことがないぞ……」

「でも、歯車の動きなどを考えると、機械に間違いないように見えますね……」

「それは疑いようがないだろうな。しかし……」


 何やらぶつぶつと話始めてしまった二人をよそに、ライアンはイニと顔を見合わせた。


「ねぇ、ライ。見せてくれって頼んだのは私からだけど、そろそろ恥ずかしいんだけど」

「ごめんごめん。あーお二人さん。そろそろ戻していい? 精密機械だから、もう閉じちゃいたいんだけど……」

「あぁ、もちろん。ありがとう」


 ジムの言葉を聞くなり、ライアンは先程とは逆の動きでイニを元に戻していく。


「それで? どうしてイニのことなんて訊くんだよ」

「そのことについては二つ理由があるんだ。これはカーライルくんとイニちゃんだからと言う訳ではないことを、どうか念頭に置いておいてくれるかな?」


 ジムの真剣な瞳に、ライアンはイニと顔を見合わせてからこくりと頷く。


「じゃあ、そもそもの話をさせてもらおうか。俺ら警察が取り締まるのは主に犯罪を犯した者。そして、これから犯罪を起こそうと企てている個人もしくは集団の、主に二つなんだ。ここまでは大丈夫かい?」

「うん」

「まあ、ここまでは当たり前の話だから、ふーん程度に思ってくれたらいいさ。それで、ここからがカーライルくんたちに関わってくる話。まず一つ目、俺たちが所属する警察は正確には警察機構と言って、科学こそ人類の叡智の結晶だって考えを根本に運営されている組織なんだ」

「ふーん。イニは知ってた?」


 その問いに、イニがふるふると首を振る。同意するように肩をすくめると、遠くでホップルウェルがふふっと笑った。


「微笑ましいですね」

「いやまあそうだが……あんまりホッコリされても、それはそれで困る」


 ジムの言葉に、ホップルウェルは咳払いをして姿勢を正す。


「まあいい。それでえーっと、そう。科学を絶対的なものとしている警察機構からすれば、魔法だったり神秘と呼ばれているものは警察機構の考え方を根本から否定されていることになる。そうなるとこっちのメンツとしても規制しなければいけなくなるってこと。まあ御伽話の一種として信じています〜とかは別に問題ないんだけどな」

「んーでもさ。それだと警察側が魔法を認めてますって言ってるような気がすんだけど。違う?」

「ハハハッ君は鋭いな。そう捉えられることは分かっているけど、存在を認めているわけではないよ。ただ、実際そうしなければならない理由があるんだ」

「そうしなければならない理由って?」


 ライアンが眉根をくっと上げて訊ねると、ジムは新しい煙草に火をつけながら、「そうだ」と短く答えた。


「奇跡復権派って聞いたことは?」

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