第1話 witch and doll and human⑥
ライアンがジムに案内されたのは、小さい机が並んだだけの、会議室と言われなければ取調室と見間違うような、話に聞いていた通りの小さな部屋だった。
「本当に腹減ってたんだな……」
「ふぁいふぁひへふぁふぁへっへっはひは」
ジムが呆れながら言った言葉に、口いっぱいにサンドイッチを頬張りながら答える。その間も、ライアンは次の一つに手を伸ばす。
「何言ってるか分からんが、ちゃんと水飲めよ。喉詰まるぞ」
「ふぁーい」
最初に持って来られたサンドイッチを物凄い勢いで食べ尽くし、追加で持ってきたばかりのそれも、そろそろ全て無くなりそうになっている。
「…………すごいですね」
そんな様子を、金色の髪の毛を頭の後ろでひとまとめにした女性が、その黒い瞳を丸くさせて見ている。
「ごちそうさんでした! 美味かったぁ」
最後の一つを食べ切り、ライアンが幸せそうな声を上げる。
「これが俺のポケットマネーから出ないってことにただただ感謝だな……」
ジムは山のように重ねられた皿を眺めながらポツリと呟く。それに同意するように、後ろの女性がこくりと頷いた。
「マジで助かった、ありがとねジムさん」
「気にすんな。感謝なら持ってきてくれたポップルウェル巡査と、これを作るために奮闘した食堂の人たちに言ってくれ」
な? とジムがポップルウェルと呼んだ女性笑いかけるのを見て、ライアンもぺこりと頭を下げる。
「ホップルウェル巡査、本当に助かったよありがとう」
「いえ、私は何も……」
ホップルウェルはそう言いながらも、その黒い瞳で、ライアンのすぐ側に置かれている機械人形をチラチラと見ている。どうやらライアンよりかはそちらの方が気になるらしい。
ジムは真新しい煙草のケースの封を切ると、白い煙草を一本咥えた。どうやらラッシュバレーに渡した以外にも、まだ持っていたようだ。
「それじゃあ、カーライルくん。いくつか訊いても?」
彼の口から問いとともに吐き出された白い煙を眺めながら、ライアンは頷いた。少しだけ、自分の身体に緊張が走ったのが分かる。
「あぁ、何でも。俺に答えられる質問なら何でも素直に答えるさ」
「協力的なのは助かる。まずは軽めの質問から行こうか。君はどこから来たんだ?」
「何だよそんな質問かよ……」
軽めと言っても何を訊かれるのだろうと気を張っていただけに、思わず拍子抜けしてしまう。それでも何でも答えると言った手前答えないわけにはいかない。
「ブリテライズの田舎の方。ウエスト・ベルズ・ウッドってとこ」
「ウエスト・ベルズ・ウッド……知ってるか?」
ジムが問いかけると、ホップルウェルが「えぇ」と短く答えた後、壁にかけられた大きな地図の上部を指差す。
「こちらですね。ブリテライズ国の南部、ベルズ・ウッドの西部に位置し、ここからですとおおよそ三日程汽車に乗れば着く場所です。私は行ったことありませんが、自然が豊かな場所だと聞きます。ちなみにロドニー巡査部長。念のため確認させていただきたいのですが」
「確認? 何の?」
「いえ、ブリテライズ国とここ、モルガナ国は同盟関係に当たりますよね」
「ん? あぁ、そうだな。それがどうかしたか?」
「同盟関係ではありますが、異国は異国。彼の入国証明書は確認されましたか?」
彼女の冷えきった視線に、ジムは露骨にヤバいと言いたげな表情を浮かべる。
「……まさかロドニー巡査部長ともあろう方が、忘れていませんよね?」
「そ、そんなわけないだろ? これから確認するところだったんだ。それじゃあ、カーライルくん。入国証明書を見せてもらっても?」
「あーうん。これでいい?」
ジムは咳払いをしつつ、今し方ライアンから手渡された一枚の紙切れを受け取る。そこには確かにライアンの名前や生年月日、他にも入国に際し必要な情報がびっちりと記載されている。
「なるほどなるほど……必要事項も書かれているし、ブリテライズの公印も
「えっ、そんなんでいいの?」
「別にいいんだよ。カーライルくんを見てて悪いことを企んでいるようには見えないし。それに、この証明書を手渡してきた時にも何かを取り繕ったような怪しい挙動は少しも見られなかった。なら、この証明書は信頼に値する物だと判断できる。それに加えて内容的にも問題ないとくれば、通さない方が職務怠慢ってもんだよ」
さも当然だと言いたげに笑うと彼はだろ? と後ろに立っているホップルウェルへ問いかける。
「……怒られても知りませんからね」
彼女は頭痛を我慢しているように額を手の平で押さえると、大きな大きなため息を吐く。彼女のその表情を見ていると、普段の苦労が読み取れるようだ。
「それはそれとして……。さあ、もう話してもいいよ」
「ええっと……ロドニー巡査部長?」
ライアンのすぐ側に置かれたその機械人形へ話しかける上司を不審に思ったのか、ホップルウェルがドン引きした表情を浮かべている。まあ、その気持ちは分からないことはない。
ジムはすっと手を上げて彼女の疑問を遮ると、ライアンの目を見つめてこくりと頷いた。
「大丈夫。ここは他の部屋に比べて防音がしっかりしているから、会話が外に漏れることはないよ」
「あーだからラッシュバレー巡査と話してる時、都合がいいって……」
「そー言うこと」
ジムは得意げに笑うと、鼻から煙草の煙を勢いよく吐き出した。ライアンはちらりとホップルウェルの様子を盗み見るも、彼女の表情にも嘘を吐いているようには見えなかった。
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