第1話 witch and doll and human⑤

「間近で見るとめちゃくちゃデカいな……」


 警察署の前。そびえ立つその建物を見上げながら、ライアンが独りごちる。そんなライアンの様子に、ジムがアハハと楽しげな笑い声を上げた。


「ここは元々大きな教会があったんだけど、それを改修して警察署にしたんだよ」

「ほーん、教会をねぇ……にしてもデカくね?」

「ここまで大きくなったのは今の署長になってからかな。元々ここの地主の息子だったんだけど、署長になるのと同時期に大幅改装したんだ。敷地もかなり広くなったし、建物も増えたから、移動だけで一苦労だよ」

「へぇ……金持ちのやることは分からんね」


 ライアンの言葉に、ジムは「違いない」と笑った。


 エントランスを潜ると、ジムと同じ制服を着た人間が忙しなく行き来しているが、ジムを見かけるなり笑顔で敬礼しているあたり、巡査部長として尊敬されているようだ。


「やっぱりジムさ……じゃないや、ロドニー巡査部長って呼んだ方がよかったりする?」

「カーライルくんが俺と同じ警察だったとしたらその方がいいけど、君は一般人だからね。今の呼び方で構わないさ」

「そっか。りょーかい」


 ライアンが左手で敬礼のポーズを取ると、ジムは「敬礼は右でするんだ」と優しく教えてくれた。


「さて、どこが空いてるかな……おっ、いいところにちょうどいいのがいるな」

「ちょうどいいの?」


 ライアンが緑色の瞳をキョロキョロさせながら訊ねると、彼はこくりと頷く。


「おーい! ラッシュバレー巡査!」

「んあ?」


 そんな間の抜けた声が、進行方向から聞こえたかと思うと、気怠そうな表情を浮かべた茶髪の男性が振り向いた。彼の口に咥えられた煙草から、ゆらゆらと紫煙が揺れている。


「あーロドニー巡査部長じゃないっすかぁ。どもっす」

「あのなあ、どもっすじゃねえだろうが……。俺じゃなかったらドヤされてるぞ。まあいい。空いてる部屋を知らないか? できれば取調室じゃなくて会議室だとありがたいんだが」

「あーそれならあの一番狭いトコなら空いてると思いますよ。一応部屋の前の予約表見てもらえると嬉しいっすけど」

「あの部屋か……逆に都合がいいな」

「何がっすか?」

「あぁいや、こっちの話だから気にしないでくれ。そんなことより助かった。ありがとな」

「ういーっす……で、その子どうしたんすか? もしかして彼女できなさすぎて攫ったとか?」

「なわけねえよ! ちょっと訊きたいことがあるから来てもらっただけだ」


 ラッシュバレーは「へー」っと言いながらライアンを見ると、ふんふんと数回頷いた。それから、茶色の瞳に真剣さを交えてじっとライアンの顔を見つめると、ぽんと肩に手を置いた。


「いいか坊主。襲われそうになったら、ちゃんと大声で叫ぶんだぞ」

「え?」


 意味が分からずライアンが首を捻ると、すぐ隣でジムが大きな大きなため息を吐き出した。


「お前いい加減にしろよ? お前の評価担当が今年から俺になったったんだからな」

「げぇっ! そんな大事なこと、もっと早く言ってくださいよ! マジで最悪なんっすけど!?」

「そんなとこも評価するから言ってねーの。まっ、今日のところは見逃してやるよ」

「ありがてぇー」


 ラッシュバレーはにへらと笑うと、気持ちよさげに煙を吐き出した。そんな様子に、ジムがやれやれとでも言いたげな表情を浮かべる。


「今日だけだからな。あっそうだ。ポップルウェル巡査はいるか?」

「ボップルウェルっすか? 確か自席で書類と睨めっこしてましたよ。眉間に皺寄せて」

「あいつは真面目過ぎるからなあ……悪いがポップルウェル巡査に今話してた会議室に来るように伝えてくれるか? あーそれと、会議室に来る時に食堂でサンドイッチを多めに持ってきてくれるよう言っといてくれ」

「りょーかいっす。ほいっ」


 そんな返事とともに差し出された手に、ジムが「は?」と言いたげな表情を浮かべる。金を請求でもされているのだろうか。


「実はこの煙草、最後なんすよねー」

「あーもう、お前は本当に! 分かった、これ持って行っていいから、さっさと彼女を呼んできてくれ」

「うっひょー、これほぼ新品じゃないっすか! やりぃ! 今日デートなんすよねぇ〜。いやぁ、いいことはするもんだ」


 まだ真新しい煙草の箱を受け取るなり、ラッシュバレーはスキップしながらどこかへ消えてしまう。ジムはしっしっと手を払うと、ライアンに向けて疲れたような笑みを浮かべた。


「悪いな。大人のよくないところを見せた」

「別になんとも思ってないよ。それであの人は? なんか聞いてた感じジムさんの部下なの?」

「あーあいつな。あいつはラッシュバレー巡査って言ってな。見て分かると思うが結構適当で失礼でやる気はないやつなんだが、あぁ見えて頭がキレて仕事ができるから困る。まっ、俗に言う愛されキャラってやつだな」


 口ではそう言うが、顔はまんざらでもなさそうなあたり、ジム自身も彼に信頼を置いているのだろう。ただ、ライアンからすれば、ジムも似たような雰囲気があるような気がしないでもないが。


「ふーん。楽しそうな人だね」

「まあな。さっ、移動しようか。腹、減ってるんだろ?」

「えっなんでそれを……」


 ライアンが驚いてジムを見ると、彼はそんな様子にカカカッと楽しげに笑った。


「ここに来るまでに何回も大きな腹の音を聞いてたら嫌でも分かるさ」


 うぐっと言葉を詰まらせるライアンに、ジムはまた声を上げて笑った。

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