第1話 witch and doll and human②

「お兄ちゃん、魔法使いみたいだね」

「ん?」

「こ、こら! 変なこと言わないの恥ずかしい!」


 母親は恥ずかしさからか顔を真っ赤に染め、ライアンに頭を下げる。


「うちの子がすみません! 本当に七つにもなってまだ魔法なんて……」

「あーいえいえ全然気にしてないですから。それに、そう言ってもらえるのは嬉しいっすよ」

「そう……?」


 眉毛がすっかりハの字になってしまった母親に、ライアンは「えぇ」と笑う。隣では少しだけ悲しい顔になってしまった男の子がこちらを見つめていた。


「魔法みたいだったか?」

「うん! だってみんながもう直らないって言ってたのに、こんなにすぐ直してくれたんだもん」


 ねっと不安そうに同意を求める声に、彼の母親はどこか複雑そうな顔で頷く。


「だから、魔法みたいって思ったんだ……でも、だめだった?」

「はははっダメなんかじゃねえさ。それに、そう言ってもらえるなら頑張ってよかったよ」

「うん!」


 立ち上がり、男の子の頭に手を置いてわしわしと撫でてやる。すると、さっきまで今にも泣き出してしまいそうな表情だった男の子に、再び笑顔が戻った。その様子に、ライアンはこっそりと安堵の息を吐くのだった。


「もじゃもじゃ頭のお兄ちゃんまたねー!」

「おー……って誰がもじゃもじゃ頭だ! 二度と直してやんねぇかんなッ!!」


 遠く、人混みに今にも紛れそうになりながらも、ここにいるぞと主張するように、千切れてしまうじゃないかと思うほどに元気いっぱい腕を振る男の子に、ライアンはやれやれとでも言いたげに笑って手を振り返す。

 別にこの瞬間のために修理屋をやっているわけではないが、こうして人に感謝されるのも悪くな――


「――ねえ、いい感じに終わったなーとか考えてるとこ悪いんだけどさ。私に何か言うこと、あるんじゃない?」


 背後から聞こえてきた冷たい声に、ライアンは凍りついてしまったかのようにピタリと動きを止める。正直、完全に忘れていた。


「あー……俺は機関車より機械人形の方が好きだぞ」

「どーだか」


 恐る恐る振り返ると、先程まで微動だにしていなかった機械人形が、今はいつの間にか立ち上がって、そのオレンジ色の瞳を怒らせてライアンを睨んでいた。腕を組んで仁王立ちしている様子からも、全身から不機嫌さが滲み出ている。


「いや、マジだって。なあイニ。俺が嘘吐いたことあったか?」

「ぐぬっ……そう言われると」

「だろ?」


 ふふんとライアンが得意げに笑うと、イニと呼ばれた機械人形は頬を膨らませ、如何にも納得してないと言いたげな表情を浮かべる。


「……分かったわよ。ごめん、ちょっとブ、ブリ……ブリキィ? って呼ばれて八つ当たりしちゃっただけ」

「分かってるよ。もう人生の半分くらい一緒にいるんだし」

「あっそ……。それはそうと、さっきはちょっとハラハラしたわ」

「ん? 何が?」

「何がって……魔法のことをあんな風に言われたから、怒らないにしても色々話したりしないかなって」

「んー……もちろん思うところはあるけどさ。やっぱ世の中的なこと考えると、変に魔法について話すのもなって考えただけだよ」


 かつて、この世界には六人の魔女がいた。六人の魔女は、奇跡の力をそれぞれに持ち、互いに協力して世界を守り続けていた。

 しかし、人間は力を手に入れた。それこそが知識である。知識は奇跡を暴き、魔女の力を見破った。やがて六人の魔女は追い立てられ、各々自らその命を絶った。今から千年以上も前の話である。

 そんなことは初等教育の歴史で習うような、当たり前の話だ。だからきっと、あの母親はそんなことも自分の子どもが知らないのかと恥ずかしくなったのだろう。


「まっ、俺がとやかく言う話じゃねえさ」


 ライアンはそう独りごちるように言ってから、今し方受け取った報酬を見る。

 おもちゃ修理で三エル。本当はもう少し金額を上げてもいいかとは思うが、飽くまでもおもちゃの修理だし、それに正式な店舗ではない身だ。この金額でないと依頼は来ないだろう。


 まあ、手持ちは色々使ってしまったせいで、少し減ってはしまってはいるものの、師匠から選別としてもらった六五〇エルもあるし、もうしばらくはこの金額で頑張ってみてもいいかもしれない。

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