第1話 witch and doll and human①

 ライアンが顔を上げると、空の青が目に痛かった。ずっと地べたに座り込んで作業をしているせいか、腰のあたりがずっしりと重い。


 陽の光に温められた風が、カールした金色の髪の毛を柔らかく揺らした時、遠くから、昼時を告げる鐘の音が聞こえてくる。

 エリックと言う名が付けられたこの町では、鐘を鳴らすのは教会ではなく警察署なのだと、目の前でライアンの手元をキラキラとした瞳で見つめている小さなお客さんが、先程教えてくれた。


 その音を聞きながら、ライアンは機関車を模したブリキのおもちゃの中から、歯車を幾つか取り出していく。


「……別に欠けたりはしてねぇのか」


 それを一つひとつ陽の光に照らしながら、状態をチェックしていく。この調子なら新しく資材を買いに行く必要はなさそうだと、ライアンは内心安堵した。


「本当に直るの?」

「任せとけって。なんならちょっと速く走れるようにしといてやるよ」

「ほんとー!?」


 キラキラと目を輝かせる男の子に、ライアンはニッと笑いかける。その後ろでは彼の母親がどこかソワソワとした面持ちを浮かべて、二人が話す様子を見守っていた。

 そんな彼女の顔を少しだけ盗み見て、ライアンは余所者に向けられる視線はこんなもんだよなと一人納得をする。


「ねえ、お兄ちゃん。それは?」

「ん?」


 男の子が指差した先。そこにはライアンの影に隠れるように置かれた、子猫ほどのサイズの小さな機械人形が一つ。


「これか?」

「うん。その綺麗なブリキ人形」

「ブッ「んんんんんん!」」


 ライアンが突然咳払いをしたことに驚いた少年が、訝しそうな目でライアンと後ろを見比べる。


「? 今何か言いかけなかった?」

「いや、ちょっと喉がな。で、この機械人形がなんだって?」

「うん。このブリ」

「ブリキィ!?」

「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛!!」


 さっきより強く咳払いをするライアンを、男の子は怪訝そうな目で見る。心なしか母親の目が冷たくなっている気もするが、気にしないことにする。


「今ブリキって――」

「言ってない」


 食い気味に言うと、男の子は渋々頷いてくれる。少しだけ罪悪感があるけれど、この際仕方がない。


「うーん……分かった。それでこの人形は? これから修理するの?」

「そいつの修理はもう大分前に終わってるよ」

「そうなの? そしたら誰かが取りに来るんだ」

「いや、これは俺のだよ」

「お兄ちゃんの?」

「そっ。いいだろ」


 そう言ってライアンは笑いかけるが、男の子はうーんとでも言いたげに首を捻ってしまう。


「僕は機関車の方がかっこよくて好き」

「あー…………そう、だな。確かに機関車の方がかっこいいな。うん」


 ライアンがちらりと人形の方を見ると、オレンジ色の髪が風で揺れていた。心なしか髪と同じオレンジ色の瞳が怒っているような気がしたけれど、今は見なかったことにしよう。


「ねえねえ」

「ん?」


 まだ何かあるのだろうか。


「じゃあ、その耳に着けてるオレンジ色にぴかぴかしてる石もお兄ちゃんのなの?」

「あーこれか?」


 ライアンが左の耳たぶからぶら下がっている、水滴型をした小指の先大ほどのそれに触れると、男の子はこくりと頷いてみせた。


「こっちは俺のじゃねえんだ。借りてんの」

「じゃあ返さなきゃいけないんだ」

「ま、そんなとこ」


 男の子は納得したのかしていないのか分からない表情で頷くと、ライアンの手元へ視線を移した。どうやら結局気掛かりなのは自分のおもちゃらしい。自分もこんなことがあったなと、無意識に口元に笑みが浮かぶ。


「どうしたの?」

「んーにゃ。なんでもねえよ。えーっと? ここをこうして蓋閉めてネジを回せばぁ……ほら、できたぜ」

「うわー! 本当に直ってるー!」


 ライアンが機関車のおもちゃを動かして見せると、そんな無邪気な声が町に響く。さっきまで動かなかったそれが、今は男の子の手の中でキュラキュラと音を立てていた。


「ありがとうございます……どこのお店に行っても、もう新しいのを買うしかないって言われてたんですけど、この子はこれじゃないと嫌だってうるさくてうるさくて……」


 男の子の母親は余計な出費が掛からなかったことへの安堵からか、ふうと息を一つ吐くとライアンが事前に提示していた金額を支払ってくれる。


「ははっ、まあ向こうも商売っすからね。俺はこれが生業なりわいっすけど。じゃあ三エルちょうど。まいどー」


 ライアンが笑いかけると、男の子は嬉しそうな表情を浮かべた。

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