第8話 脱!デブスまであと少しらしい。


姉が退院できるまで、あと少しらしい。

血圧も正常でリハビリも順調。

後遺症も無さそうで、病院食も問題なく食べている。

食事指導も必要かと思われたが、姉の様子的には大丈夫そうで、とくに制限もなくなりそうだ。

もう1回CTを撮って、特に問題なければ退院できそうだ。


「血糖値も良くなってるって。これからの通院でなんともなければ、普段通りの生活できるって。」


「わあ、良かったね!お姉ちゃん」


私は嬉しくなった。


「学校も行けるね。」


「そうだよね、学校行かないとだわ。

あ、そうだ、お母さんに眼科連れてって貰わないと。」


「え?大丈夫?メガネ合わなくなった?」


「ううん、コンタクト。私、コンタクト持って無いよね?」


「え、お姉ちゃんコンタクトにするの?」


「そうね、その方がいいかなって。あとあれだ、髪切らないと。これじゃあ学校に行けないわ。

こんなに一気にお願いして大丈夫かなあ。」


私は驚愕した。

姉はお世辞にもオシャレとは言えない。

もっさりとした黒髪のミディアムに眼鏡。

「根暗ブス」と言われても仕方がない容姿だ。

今は辛うじて前髪をヘアクリップでとめているが、眉毛もボサボサで、いかにもダサいオタクだ。


「お姉ちゃん、美容室は私が払ってあげる。あと眉毛サロンも!」


病棟内はカミソリやハサミは持ち込み禁止になっていたのだから仕方がないとしても、姉が身だしなみに興味を持ったのは普通に嬉しい。


姉は「それは悪いわ」と言われたが、私はアルバイトをしていたので余裕があった。


「退院のお祝いにしよ!せっかく新しい変わるなら思い切っちゃおうよ!」


私は上機嫌でスマホでヘアスタイルやヘアカラーを検索し始めた。




***




『だいぶ痩せたんじゃないか?』


疾風はやてのその言葉に桜は目を見開いた。


『ほんと!?』


『ああ。あとはその髪をなんとかしたらよさそう。』


『サッカーの王子様』の世界にトリップして、十一高校に転校してから早数ヶ月。

すっかり学校には溶け込んで、相変わらずサッカー部のファンクラブからは追われたり虐められたりしながらも、数人の友達と楽しく学校生活を送っていた。


『俺が素晴らしいサロンに連れて行ってやるぜ』


桜の避難場所になっていたのは、学校の生徒会室横の西園寺専用ルームだった。

これも、夢小説のご都合部屋で、西園寺が生徒会を買収し使わせてもらっている空き教室だった。

西園寺ファンクラブからの突撃で、中々ゆっくりできない桜に西園寺が用意した秘密の部屋だ。


『いや、大丈夫です。自分で行けるんで。』


『遠慮すんなよ。惚れた女に尽くすのが俺の趣味なんだからよ。』


『せっかくだから連れて行って貰えよ。桜が髪切ったらシュートも黙ってないんじゃないか?』


疾風が笑いながら言った。

不思議なことに、西園寺と疾風は仲が良いらしい。

ゲームメーカーの西園寺は頭の回転が早く、物分りの良い疾風を気に入っているらしい。


『じゃあ決まりだな。明日、お前ん家のマンションに車つけるから行ってこい。で、まずは俺がみる。』


西園寺の物言いに桜は内心『キモッ』と思いながらもお言葉に甘えて行くことにした。

連れていかれたサロンは、今まで入ったことの無いような煌びやかな内装の美容室だった。

そして『お話は伺っておりますよ』と店員にされるがまま連れていかれ髪の毛のカット、眉毛のカット、顔そりまでフルコースで終えた。

お昼すぎから行ったはずが、すっかり夕方になっていて、行きと同様に西園寺グループの車がサロンの前に止まっていた。

乗り込んで着いた先は学校だった。

ちょうどサッカー部の練習が終わったころだった。


『化けたな。いい女になったぜ?』


学校の前で待っていた西園寺が言うと彼も車に乗り込んだ。


『仕上げはそのダサい服とメガネだな。

まあ普段は制服着るからいいとして、そのメガネをなんとかしろ。』


『はあ?』


『俺が決めた女がダサくても仕方がねえが、せっかく隣にいるなら綺麗な方がいい。

お前、よく見たら全然ブスじゃねえ。』




***




姉と一緒にああでもないこうでもないとスマホを見ながらヘアスタイルを決めることにした。

ひとまず、もっさりとした髪の量を減らして長さは変えないのがいい。


「お姉ちゃん痩せたけど、もう少し痩せたら絶対ボブが似合う!」


「そうかなあ。」


えへへ、と照れくさそうに笑った姉は、妹の私から見ても可愛かった。

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