第7話 姉は鉄塔広場でトレーニングをしていたらしい。
「そもそも疾風君と話すようになったきっかけってなんなの?」
リハビリを終えた姉が、休憩がてら売店横のラウンジで腰をかけていた。
私はお茶を入れて姉の向かいに座った。
前回の姉の話を聞いてから姉の話の続きが気になる。
脳梗塞で倒れて意識を失っている最中に『サッカーの王子様』の世界に行っていたなんて嘘でも夢でも面白すぎる。
おかげで私は『サッカーの王子様』を全巻読破してキャラクターブックまで読み込んでしまった。
「疾風君とは、ダイエットで走ってる時にたまたま会ったんだよね」
姉はお茶をすすると話始めた。
***
『話しかけんな。デブス。』
そう日野シュートに言われた桜はその時にダイエットの神が降りてきた。
日野シュートはスポーツ漫画『サッカーの王子様』の主人公で、クールでイケメンの高校1年生。
桜は漫画のシュートが大好きで、アクリルスタンドやグッズを集めるほどに熱愛していたが、そんなシュートからのきつい言葉に奮起している。
ダイエットの為に、河川敷を走りそのまま鉄塔広場まで来てストレッチまですませるのが最近の日課だった。
『無茶苦茶だなあ、その走り方。』
桜がストレッチをしていると、一人の少年が声をかけてきた。
十一高校1年生でクラスメイトの水原疾風だった。
『水原君』
『疾風でいいよ。みんな下の名前で呼ぶし。この前日野に言い返してたの聞いてたよ。
まさか本気でやってるとはね。』
疾風は苦笑いしながらも桜にペットボトルを渡した。
『この前来たら、冬木いたからさ。今日も来たらまたいた。』
『そりゃいるよ。てか疾風君は部活じゃないの?』
『部活、月曜はオフなんだ。』
『そうなんだ。ジャージ着てるってことは自主練?』
『まあそんな感じかな。俺、中学までは陸上部でさ。サッカーは遊びくらいにしかやったことなくて・・・・。でもうちの監督が俺をサッカー部に呼んでくれてさ。
足には自信あるけど、やっぱ経験者にはボール捌きは勝てなくて練習してる。』
疾風がサッカー初心者なのは知っていた。
それでも漫画の中ではシュートに張り合うほどの実力者であった。
1年生でベンチに入っているのはシュートと疾風だけだったから。
その裏にはこんな努力があったことは知らなかった。
『冬木はダイエット頑張ってるんだな。』
『まあね。日野の言い方に普通にムカついたし。
せっかく転校してきたしいい機会かもって。
私こそ、疾風君が頑張ってるの知らなかっよ。偉いよ。』
『ははは、高校入って褒められたの初めてだ。』
鉄塔広場から見えた夕日が綺麗だった。
この場所は、漫画にはでてこない。
疾風がこんな努力をしていた描写もなかった。
漫画の疾風は足が早くて周りのよく見える、なんでもそつなくこなすディフェンダーだった。
「私も桜でいいよ。下の名前で呼ばれるの、あんまり慣れてないけど。」
桜は照れくさそうに笑った。
***
「うわあ、疾風君って漫画では結構モブよりじゃない?こんなかっこいいんだ。」
「確かに、主人公とかその他の部員よりは目立ってないかもね。」
姉は苦笑いした。
主人公のシュートはスーパールーキーと言われフォワードでゴールも決めるし、川島はゴールキーパーだからボールをセーブすると目立つ。
西園寺はゲームメーカーで御曹司。
しかし疾風はごく普通のサッカー部員だ。
辛うじてレギュラーに滑り込みそうなくらいで。
「でも、私、疾風君結構好きだよ。」
姉は笑った。
「私も頑張ろって思ったもの。」
きっと彼との出会いで今までどんなに痩せようとか思っていなかった姉が変わるきっかけの一部分になったことは間違いない。
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