第23話

「てめえええええ!」


 翌朝登校した千晴を、怒りの形相の田中が出迎えた。

 席につきながら、千晴はわけもわからず応対する。


「朝からテンションマックス」

「おい、下僕ってなんだよ!」

「は?」

「お前、黒崎ひかりの下僕なんだってな」

「はい?」

「どうなってんだよおい!」


 何やらお怒りのようだがどうなってんだよはこっちが聞きたい。

 窓際のひかりの席は空席だった。まだ登校していないようだ。

 

 どのみちひかりが田中になにか吹き込んだ、は考えにくい、というかまずありえない。


「いやでも待って、下僕って言われてる? そこは千晴かわいそうに……じゃなくて?」

「下僕でもいいじゃん。喜んでなるわ」

「その言葉、二言はないな?」

「え?」


 お前に務まるのか? と圧をかけていく。

 よほど千晴の剣幕が真に迫っていたのか、田中は少したじろいだ。

 

「それなに? 誰かから聞いた?」

「いや、さっき女子が話してるの聞こえたんだけど」


 女子から聞いた、ではないところが悲しい。こっそり盗み聞きしたらしい。

 田中だけでなく、どういうわけかひかりとの関係はクラスに広まっているらしい。


「みんなおっぱよ~ん。おっぱ~☆」


 そのとき教室の入口からごきげんな声がする。

 ニコニコ顔で教室に入ってきたのは星川あゆみだ。

 千晴の席を素通りざま、手を振ってくる。

 

「千晴おっぱ~☆ 翔斗くんもおぱおぱ☆」


 いつにもまして☆多めだ。

 千晴は立ち上がると、あゆみの進行方向にたちふさがった。


「もしかして君……言いふらした? 僕がひかりの奴隷とかなんとかって、クラスで」

「……パ?」

「……マ? みたいに言うな」

「あたし、奴隷とはいってないよ?」

「違う下僕だ」


 素で間違えた。

 無意識に奴隷根性が染み付いてしまっている。

 あゆみは素知らぬ顔をしていたが、観念にしたのか「テヘっ☆」と舌を出した。


「いやテヘっ☆ じゃないのよ。何してくれてんの勝手に」

「え? でもそれってべつに、口止めとかされてないよね? 内緒にって感じでもなかったじゃん。ていうかなんでヒミツにしてるわけ?」


 急に早口で返されうっ、となる。

  

「それは……その、個人情報保護的な?」

「は? おもんな」


 攻めるつもりが簡単に切って捨てられた。さすがにTierAは強い。

 

「てかそういうの、あたしにいうと全部広まるよ?」


 昨日の昼休みの話だったので許されたかと思っていたが、時間差で来るらしい。

 百歩譲ってバラされるのはいいとしても、嘘はよくない。

 

「いやいや、下僕ってなんだよ下僕って」

「え、だってそんな感じに見えたから」


 当たらずとも遠からずだ。

 けれどよくよく思えば、実は彼氏だった、だとかいって騒ぎになるよりはまだマシなのか。


「それともなに? ほんとに怪しい関係?」

「いやいや、ちがうちがう」

「ま、ないだろな。千晴とは格が違うし」

「疑われない」


 さあ道を開けよ、と言われ千晴はおとなしく引き下がった。

 どのみちずっと無関係を貫くのは無理だろうし、考えようによっては悪くはないのかもしれない。


 席に戻ると、すぐに田中が問い詰めてくる。またも盗み聞きしていたらしい。

 

「ってことはお前、下僕だと認めるってことか?」

「いや下僕ではないけど。まあ、昔からちょっとした知り合いでさ……」

「なんだよ、昨日はそんなこと言ってなかったじゃねえかよ!」

「いやぁ、まあそれは……落ち着いて落ち着いて」

「幼馴染が偶然再会したってことかよ? クソが、エモいじゃねえかよ仲良くやれよお前?」

「急に理解ある友人」


 味方だったようだ。それなら責めるような口調はやめてほしい。


 そのとき最後尾にある千晴の席の背後を、すぅ~っと気配が通り過ぎた。

 気配は窓際の席で止まると、音も立てずに椅子を引いて、席につく。


「あれっ? 黒崎ひかりがいるぞ? いつの間に……?」


 田中が驚いた声を上げる。

 阿修羅閃空を決めたひかりに気づかなかったらしい。


 ひかりは転校二日目にして空気と一体化ムーブを決めている。前の学校で鍛えたのか、相当洗練された動きだ。

 田中が背中を叩いてくる。


「ほら、いけよ。彼女一人で寂しそうだろ」

「おせっかいが過ぎる」

「お前のこと待ってんだよ、わかんねえのかよ」

「急に熱血」


 正直放っておいてほしい。

 しかしクラスメイトにもバレているなら隠しても無駄だ。

 

 田中に押されて千晴が席を立つと、急に回りからの視線を感じた。

 学校柄、ということもあり、女子連中は他人の恋愛沙汰に特に敏感だ。

 そして謎に包まれた転校生……黒崎ひかりのことは、みんな気になっているらしい。


(いやいや、やりづらいわ!)


 せめて心のなかでツッコミしながら、千晴はひかりの席に近づいた。

 

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