第22話

 夕食が終わると、千晴はキッチンで洗い物をこなした。いつもの日課だ。

 食器を水切りかごに乗せると、リビングに戻る。


 テーブルでは佳織がレシートの束を広げていた。これみよがしに家計簿とにらめっこをしている。

 

「あと200円か……」

「その額でなにか迷うことある?」


 なにかにつけてお金足りない感を出してくる。お金がないのはそうなのだが、数百円単位で頭を悩ますほどではないはず。

 千晴がテーブルの上をのぞきこむと、すぐさま佳織が聞いてくる。


「で、どうだったの? 先月のお給料。ちゃんと見せさない」

「出来の悪いテストを見つけたみたいに言うな」

「息子の反抗期……。ちゃんと乗り越えられるかしら……」

 

 さっきはいいふうに解釈してみようとしたがやっぱりそれはない気がしてきた。きっと自分が話したいように話している。お前ちゃんとついてこいよ的な。

 しつこいので、千晴はカバンに入れたままだった給与明細の紙を提出する。


「さーて今月のアガリはっと」

「息子がアルバイトで稼いだお金をアガリって言うな」

「わ、こんなに。すごい、がんばったね。なんて偉い子なんでしょう。好き。愛してる千晴」

「金が絡むと露骨に愛情を注ぐな」

「ここから60%の、15の、5だから……」

「謎の計算式とりすぎとりすぎ」

「おこづかいのぶんを1500円として……」

「年齢×100円かたくなに守るのやめない?」

「今月は頑張ったからボーナスあげようかしらね」

「それ、もともと僕が稼いだお金だからね?」

「じゃあ今までお母さんがわたしたお小遣い全部返してくれる?」

「出た全回収理論」


 冷静に計算するとそこまでたいした額ではない。面倒なので余計なことは言わない。


「もう、冗談に決まってるでしょ。これは千晴の好きに使いなさい。千晴もいろいろと入り用だろうからね。彼女とデートとか」

「いないってわかってて言ってるよね?」

「いつになったら彼女(医者の娘)を紹介してくれるのかしら」

「医者の娘限定?」

「妥協してIT会社の社長の娘でもいいわよ」

「妥協したのそれ? イメージで言ってるでしょ」

「先にお金を出して、後でガッツリ返してもらうのよ。逆玉の輿を狙うための先行投資よ」


 汚い教育を施してくる。

 話半分にしていると、テーブルの上のスマホが鳴った。

 千晴のスマホだったが、なぜか佳織が手を伸ばしたので振り払って奪いとる。

 電話だった。通話にしてスマホを耳に当てる。

 

「千晴ぅっ、うっ、うぅっ……」

「出泣きやめてもらえますかね」

「彼氏が……仕事勝手にやめてて、朝からパチンコいってて、借金隠してて……しかも浮気してたの」

「フルコンボ彼氏じゃん」

「でも、まだ好きなの……」

「もう一回遊べるドン」

「そのためには、お金が必要で……」


 真顔になっていると不思議そうな顔の佳織と目があった。


「誰?」

「姉という名の取り立て屋」

「ああ、瑠璃? 長電話はダメよ?」

「いや電話じゃなくてラインの通話」

「ギガが減るでしょ。家族で分けてるんだから」


 娘が泣いてようが容赦がない。

 しかしよくあることなので涙にさほど重みはない。通話に戻る。


「まあ、いちおう給料でたばっかだから……」

「えっ……いいの?」

「いやダメだけどね? ダメだけどまたかけてくるでしょ?」

「千晴……好き。愛してる」

「ついさっきも聞いたような既視感」


 佳織が時間をカウントしているので早めに電話を切った。

 けれど延々彼氏の愚痴を聞かされるよりはマシだ。


 スマホを置くと、佳織が千晴の手首に目を留めた。腕には譲司につけさせられたブレスレッドが巻かれている。 

  

「あら? それ……どうしたの?」

「ああ、これ……今日呼ばれた先でもらってさ」


 腕から外してぶら下げてみせる。


「買ったら百万はくだらないって……ホントかどうか知らないけど」

「ひっ、ひゃくまん? あわ、あわ、あわあわ」

「だからあわあわは絶対言わないって」


 あわあわ使いが身近に多いことに驚きだ。


「どうしようか迷っててさ。ご利益あるかどうかわからないし、こっそりメルカリで売り飛ばそうかなって」

「千晴、あなたって本当頼もしいわ。たくましい」


 頭を撫でられて褒められた。よほど誇らしいようだ。

 

「でももし、それが本当にご利益のあるものだったら……メルカリで売り飛ばしたりなんかしたら呪われるんじゃないの?」

「それは……たしかに」

「しばらく様子を見ましょう。やっぱりダメそうだったら売ればいいし」

「だね」

 

 わりと早めに結論が出た。

 実はそのたくましさとやらは母親譲りかもしれない。


「あれっ、また電話だ」


 またも千晴のスマホが振動した。今度は普通の電話だった。着信相手には「店長」と表示される。


「タカヒロ、お店、閉めまーす!」


 第一声で叫ばれた。千晴は耳からスマホを遠ざける。


 たかひろとはバイト先のカフェの店長の名前だ。四十代の小太りメガネおじさんである。一見オタクっぽいが普通にオタクという期待を裏切らない人物でもある。


 カフェといってもこじんまりとした個人経営の店だ。アルバイトは千晴一人だけで、店長の知り合いがたまに手伝いに来る程度。

 

「……店長? なんですか、いきなり?」 

「あのさ、うちの店のプロジェクターでさ、ずっとガンガルの映像流してたじゃん? テーマソングとかも」

「はあ」

「あれってなんか許可とか取らないとダメだったみたい」

「とってなかったんかい」

「誰かが訴えでたのか、結構前にうちにヤバそうな手紙が来てたみたいでね。ボクは『まだだ、まだ終わらんよ!』っていったんだけど、かみさんに『この俗物が!』って返されちゃって。うちの偉い人にはわからんのです」

「えっ? それってつまり?」

「なので一回お店、閉めまーす!」

「えっ、マ、マジですか? 僕のバイトは……?」

「今月分はあとでちゃんと振り込むから。明日も来てもらう予定だったけど、ナシで」

「え、軽っ! でもそれ、いろいろ大丈夫なんですか?」

「当たらなければどうということはない!」

「いや当たってるでしょそれ」

「たかがメインカメラをやられただけだ!」

「もう前見えてないじゃん」

「悲しいけどこれ、現実なのよね」

「やかましいわ」


 千晴は電話を切った。途中から付き合うのもアホらしくなった。

 スマホを置くと、テーブルの上で怪しく光るブレスレッドに目が留まる。

 

「いきなり不幸!」

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