第20話

「いやぁおいしいですねー」


 大きなテーブルを挟んだ向かい側で、ケーキを頬張りながら灯莉が幸せそうな顔をする。

 千晴は黒崎邸のリビングに招かれていた。アンティーク調のテーブルに、洋菓子の乗った皿とティーカップが並ぶ。

 高い天井にはシャンデリア風の照明がぶら下がっていた。譲司がいそいそとテーブルとキッチンを行き来する。


「千晴くん、ケーキのおかわりはどうだい」

「あ、いや結構です」

「ずいぶん遠慮するじゃないか。じゃあおみやげに持って帰ろうか」

「あっ、わたしいただきます! おかわり!」

「メイドとは」

 

 なぜか主人が給仕をしている横で爆食いするメイド。

 かたわらに立った譲司が弁解をするように言う。


「メイドというか、その格好は灯莉の希望でね。私の趣味でさせているわけじゃないぞ」

「急に言い訳されると怪しいですよ」

「違う違う、服装はお好きにどうぞって言ってるだけだ。ねえ?」

「メイドさんになりたーい。ってSNSで言ってたらほんとになれたんです。おかげで夢が叶いました」

「はたして本当になれたのだろうか」


 千晴が疑問を投げかけると、静かに紅茶をすすっていたひかりが口を開いた。


「その人、昼間はろくに働かないで家でアニメ見たり映画見たりゲームやってます。大画面を独り占めしてエンジョイしてます」


 ひかりが壁際のテレビを指差す。電気屋でしか見たことのないような巨大なサイズだ。

 すぐさま灯莉が反論する。


「違います。お嬢様に一緒にゲームしましょうって言っても拒否られるんです」

「中途半端なキャラゲーしかやらないにわかゲーマーとは趣味が合いません」


 車内とはうってかわって、急にひかりが攻撃的になった。前々から溜まっていたうっぷんを晴らすかのようだ。雇い主の前で告発しようというのか。

 譲司が手を上げて止めに入る。


「まあまあ二人とも! ケンカしない!」

「譲司さんがいいって言ったんですよ、自分の家と思ってリラックスして好き過ごしていいって」

「わかったわかった、テレビもう一台買えばいいんだろう」

「いやどういう結論?」


 千晴は思わずツッコミを入れる。

 普通なら首だろうが、ずいぶん甘い対応だ。これだけやりたい放題でも許されているということは……。


「私もね、ここと都内のマンションと会社を行ったり来たりだし、この大きい家にひかりを一人だけ残していくのは心もとないんだよ。灯莉はアパートを追い出されて住むところがないと言うし……」


 千晴の視線気づいたのか、譲司がひとりでに釈明をはじめる。

 さらりと流してきたが、灯莉の容姿はこうしてひかりと並んでも見劣りしない。やや童顔ではあるが人によってはそれも魅力か。

  

「な、なんだね……? なにかいいたいことでも?」

「いや……」


 なにかやましいことでもあるのか、譲司の挙動が怪しい。

 表向きはこんなだが、裏でやることはやっているとか……もしやそういうことか。


「いや実はね、灯莉一人では手に余ると思ってね。なんせこの豪邸だからね」

「ちゃんと掃除してないだけでは?」


 外も草が乱雑に生えて荒れていた。

 室内も見るからにホコリが溜まっている箇所がある。すぐ目に付く場所でそれだから、まずい場所は相当まずいに違いない。


「まあ業者に頼んでもいいんだけどね。もし千晴くんがよければ、お掃除のアルバイトなんていいかなと思っているんだが……どうだい? 給金ははずむよ」


 さらに顔を近づけて耳打ちしてくる。


「……ほら、ひかりに会う口実もできるし?」


 口実も何も、これから学校で毎日会う。

 それとなにかその企み顔が微妙にイラッとくる。


「いやでも僕、今べつでアルバイトしてるんで」

「へえ、そうなのかい。どこで?」

「まあ、喫茶店で……」

「どこにあるなんていうお店? どのぐらい働いてる? 時給はいくら?」

「めっちゃ聞いてきますね」


 暑苦しい。あんまり答えたくない。


「いいアイディーアだと思うんだけどなあ。まあ、気が変わったら連絡をくれたまえ」


 譲司は懐から名刺をとりだして渡してきた。

 ちょいちょい英語っぽい発音なのが鼻につくが、黙って受け取っておく。

 

「それと、千晴くんにはこの石をプレゼントしよう。せめてものお詫びの印だ」


 棚の引き出しから、小さな箱を取り出してきた。

 指輪でも入ってそうな上等なケースだ。譲司がケースを開くと、小さな丸い石を連ねたブレスレッドが入っていた。

 

「これは……数珠ですか?」

「ノンノン。うちの会社で販売している『シャイニィ』という特別な石だ。パワーがあるんだよ、パワーが」

「絶妙にネーミングがダサい」


 千晴はブレスレッドをつまみ上げて眺める。石は怪しい色に光っていた。

 2つ目のケーキを平らげた灯莉がのぞき込んでくる。

  

「あ、それって、100万ぐらいするやつ……」

「えっ!?」


 取り落としかけて、慌てて両手で受け止める。

 

「う、受け取れませんよこんなの……」

「いやいや気持ちだよ気持ち。私の気持ちが、それぐらいの値段はあるってこと」

「ぼったくりで売ってるみたいな言い方やめたほうがいいと思いますけど」


 原価千円とかの可能性もある。

 千晴は受取りを固辞しようとするが、かたくなに押し付けてくる。やり取りを見ていた灯莉が手を差し出してきた。

 

「いらないならわたしがもらいましょうか?」

「いやそういう話ではないかと」

「紅茶のおかわりいかがですか?」

「あ、いや大丈夫です」

「千晴さま、何なりとお申し付けくださぁい」

「急に態度が変わる」

「そうだ、ミンスタ交換しましょう」

 

 ぐっと顔を近づけられて、うっとのけぞる。そのすきに譲司が千晴の腕を取って、無理やりブレスレッドを装着させた。


「似合うじゃないか千晴くん! ハッハッハ!」

「ハッハッハ! わたしフォロワー一万人いるんですよすごいでしょう!」

 

 急にやかましい。この二人、なんだか似ている。

 反対の席でため息を付くひかりと目があった。ひかりはこっそり両手を合わせて「ごめん」の仕草をした。

 恐ろしいことに、あのひかりがまともに見えてくる。

 左右から高笑いをする声が千晴の肩に重くのしかかってきた。

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