第18話

「ひかりのお父さんって、けっこう偉い人なんだよね? 僕に話があるって……忙しいんじゃないの? 仕事は?」

「うちの父は海外で見つけたうさんくさい石を高値で売りつける会社を経営していて、『俺がいなくても会社回るから』が口癖よ。お前もともといらねーじゃんとツッコむと図星のくせに怒るから気をつけてね」

「……そんなんだったっけ?」

「私の祖父はグループの会長をやってて本当にすごい人なんだけどね。おじさんたちも傘下の会社でブイブイ言わせてるんだけど、私の父親だけあちゃーって感じなの。末端の子会社で一人だけ好き勝手やってて」


 なにやら一族のドラ息子扱いらしい。娘からもボロクソに言われている。


「私のことをいわゆる自分好みの『お嬢様』に育てようとしたのよ。私みたいな闇世界の住人にひかりって名前をつける時点で、もう虐待が始まっていたの」

「そのときはまだこんなふうに育つと思わなかったのでは」

「いっそ名前もやみにしてほしかった……」

「どんな名前それ?」


 名付けの意図まではわからないが、いろいろと厳しい家庭環境であったのは間違いない。

 

「ていうか普通に会いたくないんだけど……。僕、嫌われてなかった?  『ひかりは選ばれた子だ。君のような下等人種とはもう付き合えないんだあきらめたまえ』的なことを言われた記憶があるんだけど」

「あれはちょうど……そうね。私がハルくんの家にこっそり遊びに行っていることがバレて、それが気に入らなかったらしくて」

 

 出会い頭から不機嫌オーラ丸出しだった。

 今思い返すと相当にキツイ文言である。

 

「暴露系Youtuberに相談DM送るって言ったら急に聞き分けがよくなったの。負い目があるんでしょうね、今はだいぶ丸くなったから。ハルくんは第一声で『どうも下等人種でーす』で煽り気味に入っていくといいわ」


 ひかりは生き生きと語るがいろいろと大丈夫なのか。

 それにしても運転手がなかなか戻ってこない。ふと窓から外を見ると、大きな袋を抱えた灯莉がコンビニから出てきた。

 

「咒術の百番くじあったんでついでに引いちゃいました!」

「もうやりたい放題」


 灯莉はグッズの入った袋を助手席に押し込む。その中からいくつか取り出してみせた。


「ドラ◯ンボールもちゃんと引いてきましたよ。お嬢様のぶん」

「うおおおお!」

「ドラ◯ンボールでテンション上がるお嬢様」


 やっとのことで車が走り出す。

 しかしものの五分もしないうちに、


「あの、ガチャガチャやりたいんですけど……寄っていいですか?」

「ど、どうぞ……」


 お嬢様のOKが出るとすぐに停車した。ふたたび長い待ち時間となる。

 ひかりが何度目かのため息をつくと、灯莉がホクホク顔で戻ってくる。


「お待たせしました! やー推しを神引きしました! ついでに面白そうなのを見つけたので、お嬢様にはこのスライムを差し上げます」

「なにこれええドロドロしてるううう!」

「お嬢様楽しそう」


 結局千晴がツッコミに回るはめになる。

 再度車が走り出すとすぐさま、 


「あの、ちょっとマックでシェイク買っても……」

「いやいい加減にしろ」


 千晴は途中でさえぎっていた。驚いた顔の灯莉に慌てて弁解する。

  

「あっ、すいません今のは、つい脊髄反射でツッコミが……」

「脊髄反射でツッコミ……? 変な人ですねぇ……」

「わりと言われたくない」


 お互い様だった。 

 千晴の抵抗むなしく車はドライブスルーに入っていった。

 窓口で受け渡しをした灯莉が、後部座席にカップをひとつ回してくる。


「はい、これお嬢様の分です」

「あ、ありがとうございます……。でもこれ、ハルくんの分は……?」

「おふたりで仲良くシェアしてもらって」

「有能」

「……有能なのか?」


 千晴が視線を送ると、ひかりは黙ってストローを差し込んだ。ストローの先をこちらに向けてくる。

 ポンコツなようでいてうまくハマっている……のかもしれない。

  



 しばらくして車はやっと目的地に到着した。

 周りは閑静な住宅街。目指すはその中でもひときわ大きな建物。ひかりの家は高い生け垣に囲まれた芝生の中に建っていた。

 

 別建てのガレージに車が入っていく。車を降りた千晴は、三角の屋根が二つついた建物を見上げた。

 近くを通りすがれば一体どんな人が住んでいるんだろうと思うような豪邸だ。

 千晴は改めて感想を漏らす。

  

「昔から思ってたけど結構すごい家だよね」

「この家、数年前に売りに出したらしいんだけど、誰も買い手がつかなかったらしくて草生えるのよね」

「うふふ、お嬢様辛辣ぅ」


 ふたりとも笑っているがなにがおかしいのか。

 こんな人たちが住んでいます。


 庭先には車が一台停まっていた。こちらもこれみよがしな高級車だ。黒い車体が西日を浴びて光沢を放っている。


「おお! おかえり!」


 車の陰から男性がひょっこり姿を現した。洗車をしていたようだ。手にブラシを持っている。

 満面に笑みを浮かべながら千晴たちに近づいてきた。

 

「やあ千晴くん! 久しぶり! 元気かい!」


 無駄にハイテンションで声が大きい。

 Tシャツにハーフパンツとラフな格好だが、よく見る有名ブランドのロゴが入っている。


 頭にもでん、と全面にロゴが押し出されたキャップを被っていた。

 鍛えているのか腕が太く筋肉隆々である。そして顔面がやけにテカっている。


 千晴の頭に急に記憶が蘇ってきた。

 このくどい暑苦しい感じ……彼がひかりの父親の黒崎譲司で間違いない。 

 

「いやぁ急にお呼びだてしてすまないね! ハッハッハ!」


 ニッコニコだった。いつかの仏頂面は見る影もない。

 しかしこの絡みづらい雰囲気は変わっていない。

 

 どうしたものかと戸惑っていると、ひかりに小さく肘でつつかれた。

 やれ、というのだろう。ここは素直に従うことにする。

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