第17話

 黒と白のドレス。アニメやマンガなどよく見覚えのある配色だ。

 頭は金に近い茶髪。白いカチューシャをのせている。


 メイドだ。メイドがハンドルを握っていた。


「では、よろしいですかお嬢様」

「……はい」


 かしこまった口調でメイドが言うと、ひかりが小さく頷く。


「では発進GO!」


 がくんと車内が揺れて、車は発進した。


「だから急発進!」

「あっ、すいませぇん」

 

 珍しくひかりが他人を咎めている。

 車がゆるゆると走り出すと、千晴はひかりの横顔を見た。


「え、メイドさん……? ひかりの?」

「はい、メイドでございます~」


 運転席から間延びした声がする。やけにうれしそうだ。

 千晴はひかりに念を押す。

  

「め、メイド……? 本当に?」

「大丈夫、ただのコスプレだから」

「大丈夫の意味がわからない」


 運転が不安なのか、ひかりは少しピリついている。

 執事的なものを勝手に想像していたが、まさかメイドが乗っているとは。


「わたくし、黒崎譲司(くろさきじょうじ)様の秘書兼お手伝い兼メイドをやっております、笹川灯莉(ささがわともり)と申します」


 運転席の彼女がひとりでに語りだした。


「そしてひかりお嬢様のお世話などさせていただいておりまぁす」


 ちょいちょい謎に語尾を上げてくる。

 車を運転している時点で、千晴たちより間違いなく年上だ。しかし体つきは小さく、見た目もずいぶん幼く見える。声も高い。

 

「では、黒崎宅到着まで、二十分ほど。わたくし灯莉厳選のメドレーをお楽しみください」


 車の中を爆音で音楽が鳴りはじめた。謎の古臭いアニメソングのようだ。ツッコミどころ満載だったが初対面ということもありぐっとこらえた。

 ひかりに耳打ちする。

 

「えっと……大丈夫な感じ?」

「ダメかもしれない」


 あの黒崎ひかりにそう言わせるなら相当なものだ。

 灯莉は音楽に合わせて歌を口ずさみながら、ノリノリでハンドルをさばく。車線を変えてはするすると前の車を追い越していく。


 運転が下手、というわけではなさそうだが、別にそこまで急ぐ必要があるとは思えない。

 しばらく信号で停車していたかと思えば、いきなりクラクションが鳴った。


「チッ、早くいきなさいよぉ。もう青になってるでしょうが」


 前の車に向かって舌打ちしている。怖い。


「あの、クラクションはあんまり鳴らさないほうが……」

「ちんたら走ってるほうが悪いじゃないですか」

「そうですよね」


 逆らわないことにした。

 ひかりお嬢様はだんまりを決め込んでいる。後部座席で縮こまって

若干怯えているようだ。


「恐れながらお嬢様、あのう……」


 おそるおそるの口調でひかりに呼びかける。


「ちょっとコンビニ寄ってジャンプ買っていいですか?」

「いきなりなんだこのメイド」

「ど、どうぞ、ごゆっくり……」

「お嬢様寛大な措置」


 耐えきれず出た千晴のツッコミは流された。

 やがて車がコンビニに停まった。灯莉はひとり降りていく。

 ひかりはなんともいえない顔でその後ろ姿を見ている。千晴はたずねた。


「あのメイドの人……灯莉さん? は実際何者なの?」

「休学中の大学生らしいけど……よく知らないの。『今度から彼女が家政婦としていろいろやってくれるから』っていきなり父親に紹介されて」

「大学生……? アルバイトで雇ったこと?」

「なにか、お金がないらしくて……今月はちょっと厳しいからリボ払いでお買い物♪ を繰り返したそうなの。留年したことを親に言い出せずに学費も使いつくしたらしくて」

「あかんやつじゃん」

「SNSでちょいエロいコスプレをして『お仕事募集中!』とかやっていたらうちの父が釣れたそうなの。あの格好でコンビニは行くわマックは行くわアニメショップは行くわガソスタでオイル交換するわで……もう怖くて怖くて。見てるこっちが耐えられない」


 まだ出会って一週間かそこららしい。

 一向にわかりあえる気配はないそうだ。 

 ひとまず彼女のことは置いておくとして、千晴としてはいまいち状況が読めていない。


「で、なに? いきなり僕にお父さんとあいさつってどういうこと?」

「……えっ、やだ違うわよあいさつって、もしかして娘さんをください的なのを想像した? やだもうハルくんったら」


 笑いながらぺちんと肩を叩いてくる。


「じゃあなに? なんなの?」

「父のほうからハルくんに話があるって」

「え、お父さんから? なにを?」

「それは本人に聞いて」


 ひかりの父とは、実は初対面ではない。小さいときに一度だけ会ったことがある。

 正直言ってイメージはすこぶる悪い。

 子どもの千晴と話すときも、終始腕組みをして上から目線の態度を崩さなかった。

 子供に比べて親はまとも、などということはなく、まさに親玉と呼ぶにふさわしい存在だった。

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