第16話
楽しそうな学園生活が始まりそうな予感。
などとうそぶいていたひかりだったが、その後教室での振る舞いは何一つとして変わらなかった。
おとなしく授業を受ける。
休み時間は一人でスマホをいじり倒す。
たまに近くの席の子に話しかけられるが一言二言で会話が終わる。逃げるようにしょっちゅうトイレに出ていく。時間ギリギリになると戻ってくる。
初日から学園生活敗北者のような振る舞い。
吹っ切れて千晴のもとにすり寄ってこられてもそれはそれで困るのだが。
ひかりとのこと、あゆみが教室で言いふらしているような気配はなかった。彼女にしたら千晴とひかりが何をしてようが、実際さほど気にしていないのだろう。顔の広い彼女は、ただでさえクラスメイトとの交流で忙しい。
一日の授業が終わった。
教室が放課後の喧騒に包まれるなり、窓際のひかりが席をたった。すでに準備を終えたカバンを抱えている。千晴が気になって視線を送っていると、ひかりは気配を殺しながら席を離れた。
(タイムアタック中の帰宅部か)
などと頭の中でツッコんでいると、ひかりは最後尾の千晴の席をすれちがいざまに囁いてきた。
「……あのね、今日うちの父とあいさつしてほしいの」
「展開が早い」
「先に校門のとこに行ってるから」
ツッコミはスルーされ決定事項となったようだ。ひかりはそのまま教室を出ていった。
その後、千晴は一人で学校の校舎を出た。
帰路につく生徒の姿はまばらだった。
この学校、放課後になって家に直帰する帰宅部はそこまで多くない。
生徒の多くが、意味もなく学校に残っておしゃべりをしたり、部活に精をだしたりと青春を謳歌しているのだ。
学校側もそれを奨励しているため、いろいろと恋愛イベントが起こる。
今日の放課後も「ダメ元で高嶺の花にコクってみよう大会」が中庭で行われるそうだ。
通りすがりに横目にしただけでも、結構な数の野次馬が集まっていた。
「おーい、千晴」
校門の前で呼ばれて振り向く。田中だった。
「あれ、中庭見に行かないの?」
「オレも参加しろって言われて、逃げてきた」
「あ、コクられる側で?」
「千晴、冗談でもそういうこと言うな」
急にキレられた。
けれど千晴は冗談を言ったつもりはない。
あえて触れなかったが田中こと田中翔斗は高身長のイケメンである。
しかしカバンにVtuberのバッジを下げていたりスマホの待受は動く絵だったりと中身はまさに陰キャのオタクだ。
そしてなぜか自分をラノベやマンガに出てくる友人キャラだと思いこんでいる。主役を張れるポテンシャルがあるにも関わらずだ。
「そんなことより帰って溜まった配信のアーカイブ消化しないと」
「過去に何があったのか闇が深すぎる」
「箱推しは忙しいんだよ」
彼とは出会ってまだ一ヶ月程度の付き合いだ。距離感というものを考え、下手に深堀りはしないでおく。
「おい見ろよ、あれ黒崎ひかりじゃね?」
田中が校門の外を指をさした。
道路に面した路肩には、田中の言うとおりひかりの姿があった。カバンを下げて佇むひかりの前に、ちょうど自動車が停まった。
「うおっ、ベンツじゃん。あれで送迎か?」
車体はぎらぎらとした光沢を放っている。見るからに高級そうだ。
田中が騒ぎだすと、周りにいた生徒たちもひかりに注目をはじめる。ひかりもそれに気づいたのか、小さく頭を下げながら車に乗り込んだ。
ひかりを乗せるなり、車は急発進して走り去っていく。田中が唖然とした顔で見送った。
「すげえ、ガチのお嬢様じゃん……」
「いや去るのめっちゃ早いな」
誘拐か何かと疑うレベルである。帰宅部レベル70ぐらいか。
校門で待ってると言っておきながらいなくなってしまった。注目を浴びてしまって逃げたか。
「やっぱりあっち側の人間だったか……。なんでうちみたいな学校に転校してきたんだろうな?」
「ま、まあ……いろいろあるんじゃないかな」
「そういえばお前、今日バイト休み? コンビニ寄ってこうぜ、ウエハースおごってやるよ」
「もういいよウエハースはおまけ処理は……」
とはいったものの懐には余裕のない身だ。タダでお菓子を食べられるなら悪くはない。
どうしたものかとスマホを取り出すと、ちょうど着信した。ひかりだった。
「もしもしハルくん? 近くに公園あるでしょ? そこに来て」
「あれ、大丈夫? さっき車乗ってくの見たけど」
「学校の前はやめてっていったのに学校の前に来ちゃったから」
父にご挨拶とやらの予定変更はないらしい。
「なんだよ電話?」と田中がいぶかしそうな顔をしたので、いちど電話を切った。
「ごめん、ちょっと急用ができちゃって……」
「ああ、バイトの呼び出し? おつ」
特に怪しまれることもなく田中と別れた。
今となっては隠すというのも変な話だが、この流れで黒崎ひかりから電話、とは言い出しにくい。
歩いて近くの公園に向かう。
人気のない駐車場には、先ほどのぎらぎらした白い高級車が停まっていた。違和感がすごい。
近づいていくと、車がゆっくりと動いて横付けしてくる。ちょっと怖い。
後部座席の窓が開いて、ひかりが顔を出した。
「乗って」
「えっ?」
「はやく」
命令されるがまま、反対側に回り込んで後部座席に乗り込む。
席に体を滑り込ませながら、運転席に乗っている人影を見て千晴はぎょっとした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます