第11話 先生とは仲のいいタイプ
「……ねえ、ハルくん? 今だったらまだ秘密にしておいてあげるよ?」
「いや僕じゃないよ? 誰が裏で女子を格付けしてる犯人だよ」
「私を高評価したいのはわかるけど露骨すぎよ」
「だから違うっつ―の」
本当にひかり優遇の意図があるなら、彼女の視点から見るとたしかに疑わしくはある。
緊急更新なんてのは千晴の知る限りでは聞いたことがない。特別ひかりに注目している誰かがいるのかもしれない。
「ところで話ってそれだけ? そんなことよりなんでメールの返信くれないの?」
「いや授業中はやめようよ」
「はい? 授業中なのがいいんじゃないの」
「ちゃんと授業受けてもらっていいですか」
間違いなく授業を聞いてないレベルだ。
「ごめんなさい言い方悪いかもしれないけど、私の行ってた学校、中高一貫の女子校でここのお猿さんたちよりはるかにレベルが高かったから、中等部のうちにとっくにやった内容ばっかりなの。だからあんな補習塾みたいな授業まともに聞く必要ないの」
「ほんとに言い方悪いな」
「ごめんね本当に。気を悪くしないでほしいんだけど」
「だったらもうちょっとオブラートに包もうよ」
「だってハルくんの前では、できるだけ嘘はつきたくないし……ちょっとずつ素を出してもっと仲良くなりたいし……」
諸刃の剣である。
しかしオーバースペックなのは本当のようだ。問題は本人のメンタルと性格か。
「とにかく、目立ちたくないって言うなら気をつけたほうがいいよ」
「うん、ハルくんがそう言うならがんばるね!」
「急に不気味なぐらい素直」
とりあえず話がついたところで教室に戻ることにした。もうそろそろ予鈴が鳴る。 階段を降りて、渡り廊下にさしかかる。歩きながらお互い少しずつ距離を取り始めると、背後から声がした。
「黒崎さん?」
あ、やばいと思って千晴は足を止めた。
同じ方向に歩いているとまだ怪しまれる距離感だ。
「あっ、吉野先生!」
立ち止まったひかりは表情を弾ませた。満面の笑顔だ。千晴は思わず二度見してしまう。
「どう? なじめそう?」
「はい、ちょっとずつですけど……」
「そう、よかった。困ったことあったらすぐ言ってね?」
ひかりは素直に頷く。終始笑顔だ。
あっけにとられて立ちつくす千晴に、ひかりが耳うちしてくる。
「……大丈夫、先生は味方だから」
話し相手は担任の吉野静香だった。
少し大きめの丸みのある眼鏡をかけている。年齢はおそらく三十手前ぐらい。見るからに温厚そうな女性教師だ。
そういえば千晴とのことは担任には話しているんだったか。それはいいとしても、他は全員敵みたいな言い方はやめてほしい。
「ふふ、二人本当に仲良しみたいね」
静香が柔らかい笑みを向けてくる。
「十亀くん、まだ慣れないだろうから、ちゃんと黒崎さんの面倒見てあげてね」
「は、はい……」
「黒崎さんは恥ずかしがり屋みたいだから」
「恥ずかしがり屋……?」
斬新な表現だ。さすがは国語教師。
「じゃあもうチャイム鳴るから、授業遅れないようにね」
静香はひかりの肩に軽く手を触れると、先に廊下を歩いていった。
その背中に向かって小さくお辞儀をしていたひかりが顔を上げた。目が合う。
「ん、どうしたのハルくん?」
「ひかりにしてはやけに素直だなって。ずいぶん信頼してるみたいだけど」
「当たり前でしょ? 教師には絶対服従なんだから」
「……え?」
「あっ、違う違う。今のはつい前の学校のくせで」
「だからどういう学校だったの?」
ちょいちょいヤバそうな片鱗を見せてくる。
「吉野先生ね、わたしのこと気にかけてくれて、すごい優しいの! 話もちゃんと聞いてくれるし」
「……上からの圧かかってるんじゃなくて? 闇の力で裏口転校したんでしょ?」
「十亀くん、ちゃんと面倒見てあげてね」
「上からの圧」
ダブル攻撃。
味方というよりもはやタッグを組んでいる。
「あの先生とは仲良さそうにしゃべるんだね」
「え? それってもしかして私のこと『出たクラスになじめないけどなぜか先生とは仲の良いタイプのやつ~』とか思ってる?」
別にそういう意図があって言ったわけではない。ただの被害妄想だ。
「ここに来るまでは教師っていう存在にすっかり失望してたけど、吉野先生だけは違うの。本当に母性がすごいの」
「ああ、たまたま今の先生だけなんだ。僕は別に、そこまでは……」
「一回間違えてお母さんって呼んじゃった」
「この年になってやるのはちょっと……」
「私のためにいろいろ手をつくしてくれたみたいだから、こんど母の日にプレゼント渡そうかと思ってて」
「えぇ……?」
冗談で言っているようには見えない。ひかりは本気らしいがちょっと重たい。
「今度プレゼント買いに行くの、一緒に来てくれる?」
「お、おぅん……」
それは構わないが、なんと言って渡すつもりなのか。
いきなり母の日といってプレゼントされたら先生も困惑するのではないだろうか。
(味方には優しい……?)
また一つ彼女に対する理解が深まった……ような遠のいたような。
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