第10話 黒崎ライトニング

「げっ……」


 千晴の口からは変な声が漏れた。田中がしゃがんで机に取り付く。

 

「緊急更新だってよ。ひさびさのTierA入りかぁ……逸材きたな」


 TierAは現在20人ほど。だいたいクラスで一番レベルの扱いだ。


「ほら、こっそり見に来てるぞ」


 田中が教室の外に向かってあごをしゃくる。

 よそのクラスの男子が数人、こっそり教室の中をのぞいていた。

 このランク表、一部の生徒たちにはそれなりに影響力があるらしい。


「オレはもうひと目見たときからヤバイと思ったけどね」

「う~ん……」

「なんだよ?」


 ひかり的には不本意なのか、どうなのか。とりあえず一度伝えておくべきか。 

 千晴はひかりにメールを送った。





 屋上に続く踊り場の階段でひかりと落ち合った。先に待っていると、ひかりは足取り軽く階段を上がってきた。  

 

「どうしたの急に。『ふたりきりで話したい』なんて……」

「いやみんなの前で話しかけたら無視するじゃん」


 ひかりはあくまでこっそりをご所望だ。みんなの前では仲良し感を出してはいけないらしい。

 千晴は単刀直入に告げる。


「すごいよ、ひかりがTierA入りしてるって」

「なに? またその話? そのエアプランク表がどうかした?」

「もう飽きてるよ」

「逆になんでハルくんちょっとテンション上がってるの?」


 指摘されて気づく。そのフシがないとは言い切れない。

 知り合いがSNSでバズったとか、ちょっと違うかもしれないが感覚としてはそんな感じだ。

 

「TierAっていうのは数からするとクラスで一番とかそれぐらいの感じだよ」

「ふぅん?」

「そうでなくてもウチって、女子のレベル高いって言われてるからね」

「へえ」


 改めて説明するが、ひかりは気のない返事をする。 


「なんか、ひかりはどうでもよさそうだね」

「だって私、ハルくんの中でTierSSSだし。別にその他大勢にどう思われようと……」

「え、僕の中でSSS?」

「え?」


 真顔がこちらを見た。

 余計なことを言うと嫌な予感がしたので黙っておく。


「けどどうしてなの……? 私はただ目立たないように生きたいだけなのに……もしかして私、なんかやっちゃいました?」

「いやそれは無理があるでしょ。さっき体育でもがっつり目立ってたよね」

 

 自覚がないとは言わせない。 

 授業で当てられて、はしかたないとしても体育で暴れる必要はないはずだ。


「私中学の時は一時期バレー部に入っていたの。そこがとんでもないスパルタでね。ボールが飛んでくると、体が勝手に動いてしまうの。絶対に負けは許されないの」

「怖い怖い。目がボールになってる」 

「それに私、いざというときはもう一人の人格にまかせているから」

「え?」

「嫌なことはぜんぶ彼女が引き受けてくれるの。だから私は平気なの。なにがあっても傷つかないの」

「それやばいやつじゃん。最後バッドエンドになるやつ」

「大丈夫、『ライトニングさんお願いしますっ!』って感じでへりくだってるから」

「その人ライトニングっていうの? 黒崎ライトニング?」

「そうよ。さんをつけなさい千晴」

「ライトニングさん出てきちゃったよ」


 さすがにネタだとは思うが、そのぐらいの心持ちでやり過ごしているようだ。

 教室ではやたら冷たいオーラを発しているのも、別人格を演じているからか。

 

「そういえばさっきの星川っていう子? あの子もTierAって言ってたよね? ライトニングさんと同格なんて、どうしてそんな人気なの?」

「なんかノリで投稿した動画が一回バズったらしくてさ。それからけっこう人気らしいよ」


 休み時間にちょいちょいスマホでカメラを回していたりする。SNSでもそこそこフォロワーがいるらしい。

  

「ちょっと待って、そのランク表って……たとえば星川って子も、自分で見てるってこと?」

「いや、それはないんじゃないかな。わかんないけど……」

  

 Tier表に関しては、おおっぴらに話してはいけない暗黙のルールがある。

 とはいえそこまで厳密なものでもでもない。絶対に見ていない、とは言い切れない。

 仮に見ていたとしても、「あたしTierA」なんて口にはできないだろうが。


「……ごめん、そうだよね、こんなの見てテンション上がったりとか、よくないよね。こんなふうに勝手に格付けされて、不愉快だろうし……」

「本当よ、どこの誰か知らないけど……。まあまあ見る目あるじゃないの」

「急なてのひら返し」


 とはいえ、いちいち評価が的確なのだ。

 もしこの表が的はずれな評価ばかりなら、「そんなのあるんだふーん」で終わって誰も見向きもしなかっただろう。

 

 そこまで話すと、ひかりは急に黙りこんだ。

 真面目な顔であごに手を当てて、何事か考え込んでいる。やがて面を上げると、千晴をじっと見つめながら言った。 

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