第9話

 一限目の授業は英語だった。

 最初に各自テキストの音読を行い、席の相手とペアでやりとりをする、という流れ。

 

 窓際最後尾につけられたひかりの席には隣の相手がいなかった。

 じゃあそこは三人組で、と教師が指示するが、見慣れない生徒、ということでひかりは目をつけられたらしい。

 教師は窓際の三人グループにつきっきりで面倒を見ていた。

 かと思えばしばらくして、

 

「黒崎さんの発音がすばらしいので、ちょっと読んでもらいましょうか」


 と始まってしまい、ひかりは一人でテキストを音読させられるはめに。


 クラス中の注目が集まる中、ひかりは一人立ち上がって音読を始めた。口から発せられた英文は、よどみなく流暢だ。


 ひかりはまっすぐ直立したまま、堂に入った態度で最後まで英文を読み上げた。終わるなり教師が感嘆の声を上げる。

 

「エクセレント! やはり発音が素晴らしいですね! 個人的になにか学習されてましたか?」

「ええと……幼少期に、少し英国のほうに住んでいたので」

 

 ひかりが答えると、どよめきがあがる。

 帰国子女だというのは本当らしい。たしか昔もそんなことを言っていた。

 



『聞いてた? すごいでしょ~?』

 

 休み時間にひかりからメールが届いていた。

 ちらりと窓際の席を見ると、ひかりはひとりでスマホを手にしている。直接コンタクトを取る気はないようだ。とりあえず返信しておく。

 

『さすがだね』

『うんうん、もっと褒めて褒めて~?』


 返信がはやい。のはいいがメールだ。普段使わないのでやりづらい。

 

『次体育なの? え~ヤダ~~』

『はやく準備しないと遅れるよ』


 ちんたらスマホをいじっている場合ではない。着替えないと。


『アレの日です。って言って見学しようかしら』

『ご利用は計画的に』

『なにか、冷たいようですけど』


 などと延々キリがないのでスマホをしまった。

 与えてはいけないものを与えてしまったかもしれない。




 その次の体育は体育館で行われた。。

 授業は男女別。男子はバスケ、女子はバレー。


 転校してすぐは少しハードかもしれない。

 千晴はパス回しのウォームアップをしながらも、こっそり女子の方を目で追っていた。


 いきなり見学もありうる……と心配していたが取り越し苦労だった。

 体操服姿のひかりはすぐに見つかった。似たような格好の中にいてもスタイルのよさが際立つ。髪をポニー状に縛り上げた姿も似合っている。

  

 千晴が試合を終えたときちょうど、奥側のバレーコートでどよめきが上がった。

 何事かと様子を見ていると、試合待ちをしていた田中が近づいてきた。


「おい、あの転校生がすげえスパイク決めたって」

「え、マジ?」

 

 転校生といえば一人しかいない。

 見学がどうこう言う話ではなかった。また暴れているようだ。


(ガワは本気でハイスペックなんだよな……)


 実は彼女のこと、知っているようで知らない。

 当時はそれなりに近所に住んではいたが、ひかりは別の私立の学校に通っていた。


 彼女が学校でどんなだったのか、実際に目にしたことがない。 

 本人の口から出る情報だけが頼りなのだが、はたしてどこまでが本当なのか。





 三限目は数学。

 少し変わり者の男性教師だ。

 ひかりは転校生、ということで最初から目をつけられていた。

  

「じゃあ、転校記念に一つ解いてもらおうか」

 

 普通の生徒ならば嫌がらせに近い発言だ。

 ひかりはみんなの前で、黒板の数式を解かされる。


 教室は静まり返って妙な緊張感が走るが、ひかりは涼しい顔でなんなく答えを導いてみせた。

 教師が黒板を眺めながら息をつく。

 

「う~ん、数字が美しい……」


 いやそこかよ。

 と千晴は脳内でツッコミを入れるが、ひかりがチョークで残した字はまるで印字でもしたように整っていた。

 クラスメイトたちも圧倒されているようだ。何事かひそめきあう声はしばらくやまなかった。

  


 チャイムとほぼ同時に授業が終わった。

 休み時間になるなり、すぐさま田中が千晴の席に近づいてきた。 


「スマホ見た?」

「え?」

「ライン見て」

 

 千晴はスマホをカバンから取り出す。田中からラインが来ていた。

 メッセージはたった一文。


『黒崎ひかり TierA』

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