第8話 美少女エアプ
ひかりは表情なく立ちつくしていた。ハイライトの消えた大きな黒目はまっすぐ千晴を見ていた。
「――問い、その一」
ひかりは腕を上げて、千晴の心臓のあたりを指さす。
「いや怖い怖い怖い。心臓指差すのやめて? 嘘ついたらえぐる的な」
「……どういう、ご関係?」
「だから普通にクラスメイトだって」
少しだけ指先が近づいてきた。
今の返答はダメらしい。
「――問い、その二」
「待った待った、一回この流れやめよう? これ間違えたらどうなる? 指刺してくる?」
「……私とあの子、どっちを選ぶの?」
「急にクライマックス」
さらに指先が近づく。もうかすかに触れている。
感情の見えない目と目が合う。とつぜんひかりはへにゃっと口元を緩ませた。
「なーんてね! ヤンデレっぽくしてみました! どう? 上手?」
「な、なんだぁ、びっくりした~。でもやだ上手~プロ級! 超ビビった~」
下手にツッコまず、女子っぽく褒めてあわせていく。もうそれならそれでいい。
愛想笑いで流そうとすると、ひかりの笑っていた口元がもとに戻った。
「……で、どうして勝手に他の女と仲よさげにしゃべってるの?」
「そりゃあ、話しかけられたらしゃべるでしょ」
「リカレは私以外の女子と会話してはいけないんだけど」
「どういう縛りよそれ。日常生活に支障が出るでしょ」
「しゃべるとしたら……救急車呼んでくださいとかそれぐらいかな」
「それ死にかけてるじゃん」
「そうそう、命かける覚悟でやってもらわないと」
ひかりはにっこりと笑顔に戻った。笑顔の圧。
「それにカラオケとか罰ゲームってどういうこと? ハルくん(陰キャ)には縁のなさそうな言葉ばかり……」
「かっこ陰キャっていうのやめてもらっていい? カラオケぐらい行くでしょ」
「行ったことありませんけどなにか?」
「あっ……」
ひかりはうつむいた。わなわなと震えだす。
「な、なんてことなの……。わたしがボケモンの個体値厳選している間にハルくんすっかり陽キャになって……裏切ったわね!」
「いやなにを?」
「それにあの子……今の子はなにかあるとすぐにスマホで調べて。ああやだ、怖い怖い怖い」
「……自分はいつの子どものつもり?」
「千晴、だなんて下の名前で呼んで……。やけに距離が近い感じじゃない?」
「そう? あの子は誰にでもあんな感じだよ」
「あの子……ま、まさかその……ハ、ハルくんの、か、かっか、か、」
「噛みすぎ」
「か、あ、あ、かき、かの、か、かのっか、あ、か……」
「やられそうになってる悟空か」
「か、カノジョ、とかじゃない……よね?」
なにを言い出すのかと思えば。
ここに田中か山口がいれば鼻で笑うだろう。
しかしひかりの表情はいたって真剣だ。本気で疑っているようだ。
「いやいや違うって。僕が付き合えるわけないって」
「え? その言い方はつまりできることなら付き合いたいってこと? なにそれ、そんなの両片思いどころか寝取られじゃないの。NTRじゃないの」
「言い直さなくていいよ」
すらすら単語が出てくるあたりむしろ嗜んでそうに見える。
「向こうは僕みたいなの眼中にないから。てか彼女はアレだよ、ランクTierAの……」
「……らんくてぃあえー?」
ひかりが不思議そうに首をかしげる。
弁解しようとして口をついて出てしまったが、ランクの発言はNGだ。これも田中のせいだ。すっかり毒されてしまっている。
「あっ、違うごめん、今のなんでもない……」
「あ、そう……。またそうやって私に隠し事するんだ……」
「また、ってなんか隠し事したっけ?」
ひかりはずぅん、と首をうなだれる。
この話、間違いなくのちのち粘着される。あきらめてさっさと吐いたほうがよさそうだ。
「なんていうかその……人気度っていうの? 陰で女子を勝手にランクづけしてるTier表があって……。まあ僕はちょっとどうかと思うんだけど……」
「なにそれ、ゲームの攻略サイトみたいで面白そう!」
「またヤバイとか怖いとか言うかと思ったら斜め上のリアクション」
ひかりはぱっと顔を上げると、目を輝かせて詰め寄ってくる。
「ねえそれ最強は? 誰が最強? 誰がぶっ壊れ?」
「そして性能厨」
「私にもその表見せて、見たい見たい」
「いや、女子にはあんまり見せないほうがいいっていうか見せたらダメっていうのがあって……」
「なにそれもったいぶって。学校の掲示板にでも貼っておけばいいのに」
「いいわけないだろ」
「ちなみにそれ、私はなにランク? SSSSR? ☆100?」
「転校したてだからまだ評価されてないんじゃないかな。そもそもランクに乗るのは限られた人だけだから」
ランクはBからだが、かわいいと言われる子しか載っていない。
いわゆるまだ見つかっていない原石もいるため、ちょくちょく増減があるらしい。ずっと更新が続いている状態なのだ。
「それって要するに、一部の陰キャが独断と偏見でこそこそやってるだけってこと?」
「まあ……たぶん」
「つまり持ってもいないキャラについて妄想でああだこうだ言ってるわけでしょ? 完全に美少女エアプじゃないの。ただのエアプランクね」
「テンション上がったと思いきや急に辛辣」
細かいことは千晴にもわからない。
けれどひかりはそこまで的はずれなことを言っているわけではない。おおかたの女子がそんな感想を持つのではないだろうか。
そのとき予鈴のチャイムが鳴った。千晴は身を翻す。
「授業始まるし、戻ろうか」
「ま、待って! このままお別れだなんて……心細い」
「わりと席近いけどね。横見たらいるし」
「電話は怖いから……メルアド交換しときましょ?」
「いやメルアドて」
「あとでCメールでアドレス送るね?」
「Cメールて」
関係を疑われないように、少し時間差で教室に入ることにする。
ひかりは曲がり角の手前で大きく深呼吸をすると、表情を固めて清楚系お嬢様モードに移行した。
(いつまでもつことやら……)
ひかりがそうしたい、というのならできるだけサポートはするつもりだが、どうなることか。
先にひかりを見送った千晴は、少し遅れて教室に戻った。
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