第7話 デビル養成機関

「あれっ、さっきの転校生の子じゃん!」


 高い声を上げたのは星川あゆみだった。無遠慮に千晴たちの間に入ってくる。

 

「うわ千晴こっそり影で声かけてるよ~。ねえ大丈夫? 変なこと言われてない?」


 あゆみは心配そうな顔でひかりに声をかけた。

 しかし変なことを言われているのはむしろ千晴のほうだ。


「黒崎さんだよね? あたし星川あゆみ。みんなあゆって呼ぶから、あゆでいいよ」

「アッ、ハイ……」

「仲良くしようね、よろぴくぅ☆」

「ヨ、ヨロピク……」

 

「声ちっさ!」とツッコミかけてしまうぐらいにはひかりの声は小さい。

 そしてなぜかあゆみの膝のあたりを見つめている。ついさっきまで「ちゃんと目見て?」なんてノリノリで言っていた本人が。


「急にどうしたのその声……」

「の、喉が……かはっ」


 ひかりは苦しそうに喉元を手で抑えた。

 まるで毒の霧の中にでも入ったようだ。陽の気にあてられたとでもいうのか。

 あゆみが不思議そうに首を傾げる。


「喉? だいじょうぶ? アメあげよっか?」

「い、いえ、人からもらったものは喉を通らなくて……」

「忍びか」

「千晴ちょっとうるさい」


 シャットアウトされた。ひかりとコミュニケーションを取りたいらしい。

 邪魔ツッコミをしないように千晴は口をつぐむ。喉を整えていたひかりは意を決したようにあゆみに向き直った。


「黒崎ひかりです。改めてよろしくお願いいたします」

「こりゃどうもご丁寧に。星川あゆみでございます」

「コンゴトモ、ヨロシク……」

 

 会話終了。アドリブはきかないようだ。

 なにかネタを挟んだようだが絶対に通じていない。

 

 星川あゆみは「ごめん先教室戻ってていいよ」と残り二人の女子に声をかけると、改めてひかりに向き直る。


「あのさ、さっきのあいさつのときなんか、まほう……とかって言ってた?」


 ひかりは肩をびくっとさせて固まった。助けを求めるように千晴にこっそり視線を送ってくる。


「あ、えっと、それゲームの話らしいよ!」

「あぁ、なるほどそういうことか」


 千晴が口を挟むと、あゆみは納得したように手をうった。我ながらナイスフォローだ。

 あゆみが再びひかりに尋ねる。

 

「ていうか、黒崎さんってゲームやるんだ? なんか意外。どういうゲームが好きなの?」

「え、えっと……ま、マザー2とか?」

「んーちょっとわかんないかも」

「じゃあ、も、桃鉄とか?」

「あ、それ知ってるやったことある! みんなでやると盛り上がって面白いよね!」

「CPUを完膚なきまでにボコボコにするのが好きで……」

「え?」


 話が噛み合いそうにない。 

 変な沈黙になりかけたが、あゆみはさらりと話題を変えた。

  

「でも黒崎さん、変な時期に転校してきたね? どして?」


 さすがは陽の者。聞きづらいことをズバズバいく。

 まさかクラスで三人組組んで一人だけ余ったから、とは答えられないだろう。

 ひかりは再度SOSの視線を千晴に送ってきた。かわりに答える。


「それは、親の仕事の都合とかで……」

「あ、そっか。大変だねいろいろ。前はなんていう学校だったの?」

 

 ひかりは千晴を見た。また代弁させようとしている。

「いや知らない知らない」と目配せをすると、ひかりはこっそり耳打ちしてきた。

 

「……大聖星エンジェル女子学院」

「すごい名前のとこから堕ちてきたね」

「エンジェルどころかあそこは悪魔の巣窟なの。デビル養成機関ね」

「だからなにがあったの?」


 千晴が伝言ゲームをするが、あゆみは首を傾げた。すばやくスマホを取り出して、指をすいすいとやる。


「うわすご、めっちゃ頭いいとこじゃん! 黒崎さんってすごいんだ、わ~」


 あゆみが小さく手を叩く。今の間に検索して調べたようだ。

 ひかりは引きつった笑みを浮かべる。いきなりネットで調べるとか怖い怖い怖いと言わんばかりだ。


「千晴ぅ、へいパス☆」


 スマホをしまったあゆみが、ぽいっとなにかを宙に放った。

 千晴は手の上で受け止める。包みに入ったお菓子だ。チョコレートらしい。


「さっき宿題ありがとね☆」

「あ……うん」


 あゆみが屈託ない笑みを向けてくる。

 どこかの誰かさんのように裏のありそうな含みは感じられない。

 

(うおっ、まぶしっ……)


 千晴はつい目をそらしてしまう。ネタではなく本当に眩しい。

 

「どしたの?」

「い、いや、なんでもない……☆」

  

 あゆみが不思議そうにキラキラの目を近づけてくる。

 これは☆不可避。

 

「あ、そうだ。ねえ千晴覚えてる? この前のカラオケでさ、点数負けたほうが罰ゲームってなったやつ」

「え? あ、ああ……」

「まさか忘れてないよね~? あたしにボロ負けしたの」

「てか、罰ゲームとかそういうの関係なしにわりと無茶振りしてくるよね」

「そういうジャブじゃなくて、どかんと一発すごいのやりたいなって。考えとくから、楽しみにしててねー☆」


 笑顔で手を振りながら、あゆみは足早に廊下を歩いていった。 

 表向き仲良くはなったが、彼女と話すのはまだ慣れない。というか毎回つかれる。

 

「はぁ、やれやれ……」


 千晴はあゆみの後ろ姿を見送りながら、大きく息をつく。

 その直後、背後から殺気にも似た強い気配を感じた。はっとして、振り向く。

 

「ハルくん、どういう……こと?」

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