第6話 闇と病み
返答を待っていると、ひかりはとつぜん壁に手をついた。まるで電池が切れたように、がくんとその場に崩れ落ちる。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「ど、どうしたの大丈夫? 急に息切れしてるけど」
「緊張で死ぬかと思った……。ううん死んだ」
ひかりは青ざめた顔をしながら立ち上がった。ついでにお腹を抑えている。
「お、お腹が……」
「緊張してたの? 全然そんなふうに見えなかったけど……」
「ハルくん? 見てないで出番だよ? はやくイイコイイコして落ち着かせて?」
「ちょっと待って待って」
押し付けてきた頭を手のひらで受け止める。頭突きはやめてほしい。
「いろいろ理解が追いつかないんだけど……説明してもらっていい?」
「それは転校初日から教室でイチャついてたら、陽キャに目つけられていじめられるでしょ? 私は二度と失敗しないの。今度こそひっそりと静かに暮らすの」
「……前の学校で何をやったの?」
立ち上がったひかりはそっぽを向いて口をつぐんだ。
もしかすると入学早々魔法が……下等な人間どもが、だとかやってしまったのかもしれない。
「ちょっとは自分から話しかけていかないと孤立するよ?」
「自分からとか、無理に決まってるでしょコミュ障なんだから」
「何をキレ気味に開き直ってんの」
「声をかけられると怖いから窓の外を眺めているの」
近寄りがたい雰囲気をまといながら、物憂げにひとり窓の外を眺める美少女。
しかし実際は声をかけられまいと必死らしい。
「……あのさ、さっきのあいさつ、最後のほうなんか変なこと言った? ヤミ魔法がどうたらって」
「それは……あんまり真面目すぎてもだし、親しみやすいようにちょっと自虐ネタを交えていこうかなって……」
「ただただ困惑だよね、そこだけ急にぶっこまれても」
「違うわよハルくん、ヤミ魔法って闇と病みの両方かかってるのよ?」
「なにが違うのかよくわからないけども」
「どう? ウケてた? ややウケ?」
「いや怖かったよ、やや怖かった」
あまりにも自然に差し込んだため、聞き流されていたらしい。田中と山口もその件には触れてこなかった。千晴が見る限りで不審がっていたのは近くにいた星川あゆみぐらいか。
「けど普通に優等生っぽい感じでちょっとびっくりしたよ」
「よかったぁ。昨日自分で動画撮りながら何回も練習したの」
「謎ベクトルの努力家」
「えらい? 褒めて褒めて?」
「かなりみんなから注目されてるよ。すごい清楚風の美少女が来たって」
「え? なに? 聞こえなかったもう一回言って?」
「すごい美少女が来たって注目されてる」
「ん? ちょっと聞こえない」
「聞こえてるでしょ」
これでもかというほどに耳を近づけてくる。清楚風の美少女は普通そんなことしない。
「そっかぁ、つまりハルくん的には『……ま、でもあれ僕の彼女なんですどねドヤァ』って感じ?」
「いやだから彼女ではないよね」
「そして他人のふりをしようとしたけれども我慢できずに話しかけてしまったと」
「早くもぼっち化しそうだったから心配で話しかけたんだよ」
「私のことが心配でいてもたってもいられなかったんだね……」
プラスに変換する性能は高い。
それにしても突然転校してきたのは驚きだ。前の学校をやめてこの街に戻ってきた、というのは本当らしい。
知っていたなら変なサプライズみたいなことはやめてほしいのだが。
「ていうか転校のこと、この前はなんで黙ってたの?」
「あのときは緊張してそれどころじゃなかったの。いきなりホテルに誘われたらどうしようとかって気が気じゃなくて」
「相当心配性だねありもしないことを。そしてなぜか電話かけても出ないし」
「電話って怖くない? スマホがいきなりブルブル鳴るとつい私もブルっちゃって布団の中に逃げちゃう」
「……自分で電話番号わたしてきたんじゃ?」
「お風呂入って出てきたら『着信あり』ってなっててヒィィィ!? って。ねえ?」
「ごめん全然その感覚わからない」
共感を促してくるが共感のしようがない。
なぜデフォルトでホラー映画で追い詰められている人のようになっているのか。
「しかもよりによって偶然同じクラスに……」
「実はそれ、偶然じゃないんだけどね」
「え? どういうこと?」
「『私、ひどい人見知りなので途中からクラスに入ってみんなと仲良くなれそうにないです。でも十亀千晴くんとは恋び……いや、愛じ……あ、昔からよく知る仲なので、そっちのクラスに入れてください』って先生に言ったら通ったの」
「何回言い直すんだよ。ていうかほんとに? そんなことってある?」
「私の祖父がこの学園に多額のご寄付をしているそうなの。運営元の宗教法人との関係もあってね」
「え、なんか怖いんだけど」
「私の転入にも闇の力を使ったらしくて。あ、私自身はそういう黒い関係はないから。潔白よ、処女だから安心してね」
「聞いてない聞いてない」
一気に情報の洪水が流れ込んでくる。処理しきれない。
「とにかく、いちゃつきたいのはわかるけど学校では他人のふりをしてね」
「他人のふりっていうか他人では」
「気持ちは両片想いのじれっじれの感じでよろしくね」
「要求が細かい」
「なんでそうやっていうの? ハルくんのいじわる」
ひかりはぷくっと頬をふくらませる。
これは自分かわいいと思っていないとできない仕草だ。
それこそ昔のひかりはそういうのを冷めた目で見るタイプだった。それがどういう心境の変化か。
ひかりはおもむろに千晴の手を取った。両手で握りしめてくる。
「……だめ? いや?」
甘えた口ぶりでここぞと上目遣い。じっと目を見つめてくる。
地雷メイクのときはさておき、おかしな言動さえなければ文句のつけようがない正統派美少女だ。
言い寄られて悪い気はしない。むしろこの路線ならありだ。あり寄りのあり。
「目に見えてあざといけど正直かわいい」
「あらら? 照れ隠しツッコミかな?」
「ハルくんちょろすぎる!」
「自分にツッコミはじめてしまったわ」
照れ隠しを見抜かれて目が泳ぐ。
見るからにあざとい演技だったが効果は抜群だった。
千晴に免疫がないのはたしかだが、そんなふうにされたら男子なら誰だってそうなる。
「ねえ、ちゃんと目見て?」
ひかりはさらにぐっと顔を近づけてくる。押せばいけると踏まれたか。
大きな瞳は一度目があったら離せなくなるような不思議な力がある。
「かわいい? もう一回言って?」
吐息混じりの声はやけに色気があった。ドキドキと心拍数が上がってくる。
このままではわからせられてしまう。自分の立場を理解してしまう。そして理解ある彼くんへ。
「あ、なんか千晴が女子とイチャイチャしてる~」
そのとき千晴の背後から声がした。慌てて振り返ると、三人の女子グループが目に止まった。そのうちの一人が近づいてくる。
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