第5話 ヤミ魔法

 急に教室内がざわついた。一斉に教卓の近くにクラス中の視線が集まる。

 長い黒髪をなびかせ、女子生徒が一歩前に出た。

 

「黒崎ひかりです。小さい頃はこの近くに住んでいたので、それなりに土地勘はあります。それでも久しぶりなので……」


 彼女はゆっくりした口調で自己紹介を始めた。

 落ち着いた、けれど凛としたよく通る声だった。


「……当時とは変わっていて、ちょっと戸惑っています。学校はもともと他県の私立に通っていたので、馴染みのある方はほとんどいないのですが……」


 教室の中はいつしか水をうったように静まり返っていた。クラスメイトたちはまるで声に聞き入るように、耳をすませている。


「趣味は読書と映画鑑賞……何でも雑食です。特技はピアノと、料理と、英会話と、ヤミ魔法と……あとスポーツ全般も得意です。最初のうちはいろいろと、ご迷惑をおかけしてしまうかもしれませんが、よろしくお願いします」


 言い終わると彼女は仰々しくお辞儀をした。 

 教室は静かなままだった。まるで彼女の放つ見えないオーラかなにかに圧倒されたように、沈黙が走る。

 

 黒崎ひかりと名乗った転校生は、千晴がこの前出くわした彼女とはまるで別人だった。


 ストレートな黒髪、透明感ある白い肌に、涼しげな目元。派手派手しいメイクは影も形もない。化粧をしているのかどうかさえ怪しい。

 

 手を前で組んで微笑を浮かべながら、姿勢よくまっすぐ前をむいている。

 制服はジャストサイズの着こなし。ピタリと体に吸い付くように似合っていた。


 はたから見ると、優等生風の美少女だ。それもお嬢様然とした気品のようなものを全身から漂わせている。


(いや待て待て、ちょっと待て……)


 挨拶は一見完璧だったが千晴は焦っていた。周囲が沈黙する中、得体のしれない羞恥心に襲われていた。

 いっそのこと「はいダウト!」と叫んでやりたかったがそれはいけない。


「え? まほう……?」


 斜め前の星川あゆみが隣の男子に視線を向ける。

 千晴はぎくりとした。やはり空耳ではなかった。


「ねえ、さっき……」


 あゆみが言いかけたとき、千晴は慌てて手を叩いた。そのままパチパチと拍手をする。

 少し遅れて教室はクラスメイトの拍手の音に包まれた。歓迎の拍手だ。

 




 その後つつがなくHRは終わった。

 教室が休み時間の騒がしさに戻ると、すぐに田中が席に近づいてきた。


「おいおいヤバいだろ、なんだよあの子……」


 ヤバイと言われてまたぎくりとする。

 表情をうかがうと、田中は目を輝かせながら、


「とんでもない美人が来たな……!」

「う、うん……」

「かわいいだけじゃなくてなんかこう、オーラが……。気品があるっていうの? いかにも清楚なお嬢様って感じ? あれはガチでヤバイ」


 ヤバイやつが来た、ではなくヤバイ美人が来た、だった。

 千晴はとりあえずほっと息をつく。どこからともなくやってきた山口が間に入ってきて、しきりに頷きだした。


「うんうん、だよな。ヤバイよな」

「何だよお前、話に入ってくんなよ」

「なんでだよ、俺たち仲間だろ」

「はあ? 彼女持ちのどこが仲間だよ」


 田中がすぐさまとがめる。

 少し間をおいてから、山口は肩を落としてため息をついた。


「……実は俺、ネズミーで彼女に振られたんだ、いきなり。いわゆるネズミ化現象ってやつかも」

「蛙化現象ね」


 千晴はすばやく訂正する。その界隈でおかしなことをいうと危険だ。

 田中が疑わしげな目を向ける。

 

「ほんとに振られたのか~? ほんとにあんのかよそんなこと? お前なにやったんだよ」

「アトラクションの待ち時間に配信見ながらぷこらにスパチャしてるところ見られた。『は?』って言われたから『は?』って返した」

「お前好き」


 秒で仲直りした。正解はわからないが仲良しなのはいいことだ。


「にしても、黒崎ひかりちゃん、ねえ……」

「いやひかりさん、だろあれは」


 二人は仲良く窓際に視線を送りはじめた。ひかりの席は窓際一番うしろにつけられていた。

 

「あの子、彼氏いるんかな? まああんだけかわいかったら、当然いるだろうな」

「いやいや、どうだろうな。あのレベルになると一周回って誰も近寄らないんじゃ? 付き合うってなると、男側も相当ハードル高そう」


 一周回って近寄りがたい。

 そんな感想どおり、ひかりの席には誰一人として寄り付いていなかった。


 その本人も頬杖をつきながら、どこか物憂げに窓の外を眺めている。それだけでひとつの絵になりそうな雰囲気があった。

 遠巻きに注目されてはいるが、誰も話しかけに行かない。彼女も彼女で、自分から歩み寄る気はないようだ。


 千晴のもとには、あれ以来ひかりからなにも連絡はない。

 渡された連絡先を登録して、ためしに一度電話をかけてみたが、なぜか出なかった。折り返しもない。


(うーん、大丈夫かねぇ……)


 この調子だと孤立してしまうのでは。

 一学年が始まって、一月とちょっと。クラスのグループ分けもある程度落ち着いている。


「千晴、トイレいかね?」

「いや、僕はいいよ」

「じゃオレらちょっと行ってくるわ」

「やっぱり仲良しか」

 

 田中と山口は連れだって教室を出ていった。

 男子はまだしも女子のグループ争いは熾烈を極める。輪から外れて個人行動でもしようものなら「そういうもの」として扱われる。

 

 千晴は席を立ち上がっていた。いてもたってもいられなかった。

 ためらうことなくまっすぐ窓際の席に近づく。窓から外を見ていたひかりに声をかけた。

  

「いやぁびっくりしたよ。まさか転校してくるなんて」


 ひかりは千晴をちら、と一瞥したきり、外へ視線を戻した。

 それきり反応がない。無視された。


「えっと……ひかり?」


 なぜだか彼女に初めて話しかけたときのことを思い出した。感情の見えない冷たい目だ。


「……来て」


 ひかりはあさってのほうを見たまま小さくつぶやくと、席をたった。そのまま脇目もふらずに教室を出ていく。


 妙な緊張感の中、千晴はひかりについて廊下を進んだ。

 角を折れて渡り廊下にさしかかって、まわりに人気がなくなる。


 やがてひかりは立ち止まった。ゆっくりと千晴を振り返る。

 顔は血の気が失せていて表情がなかった。目つきも死んでいる。


「あの……黒崎ひかりさん?」


 顔の前で手を振ってみるが無反応。

 やはりこの前のひかりとは、似ても似つかない。

 もしかしたら、本当に別人……。



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思ったよりギャグ漫画みたいなノリになってしまってこれ大丈夫そ? って感じなのでもうちょっとラブ要素入れとこうかしら

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