第4話 TierA美少女

 一年A組。

 教室まんなかの最後尾が千晴の席だ。


「いや~彼女とネズミー楽しかったわぁ~」


 友人の山口が千晴の机に寄りかかりながら得意げに笑う。話題は連休のことだ。


「はいはい、それはよかったですね」


 いっぽうでもう一人の友人である田中は、スマホ片手にしかめっ面をしている。

 彼らとはクラスでもいまいちパっとしない三人組、ということで一緒につるんでいた。


 しかし連休に入る直前、とつぜん山口に彼女ができた。

 それからというもの、山口はことあるごとにマウント発言をしてくる。


「あれれ? 君たちは連休……なにしてたのかな?」

「僕はずっとバイトかな」

「おお千晴……なんてかわいそうな子」


 山口は千晴に憐れみの目を向けると、隣の田中を振り向く。


「田中は?」

「オレは……ほら、あれだよ。推し活よ」

「あーはいはい、あの絵が動いてしゃべるやつね。おうちでぽちぽちコメントして、ミジメですねえ~?」

「は? お前ぷこらちゃんバカにすんのか?」

「ぷこらは至高。バカにするやつは絶対に許さん」


 言うだけ言って山口は去っていった。 

 その後ろ姿をにらみながら、田中がいまいましげにつぶやく。


「くっそ、山口の野郎……。もう知らねえあんなやつ」

「最後意見一致してなかった? 実は仲良しでは?」

「もしかしてあいつ、もう彼女とヤったんかな? それであの余裕……」


 であるならば、もはや千晴たちとは住む世界が違うのかもしれない。 

 田中が声をひそめる。


「まあでも、あいつの彼女って……なあ?」

「なに?」

「まあまあまあって感じじゃん? これがTier表にのってるレベルだったら嫉妬で狂うけど」

「またそれ?」


 この学校には美少女Tier表なるものが存在する。

 いわゆるイケてる女子だけを格付けしたランク表だ。

  

 全校生徒に公になっているわけではなく、存在を知るのは一部の生徒だけ。大っぴらに言うのもタブー。

 

 名前の羅列されたTier表は不定期に更新され、限られた人間しか見ることのできないグループチャットアカウントに流される。


 協力者による投票と、数人の有識者によって決定するらしい。……というのは、らしいとしかいいようがない。ぜんぶ又聞きの又聞きみたいな話だ。


 千晴のもとには、ときおり田中が勝手にラインでTier表の画像を流してくる。それすらもらいものというから、出どころは不明だ。


「僕も巻き込むのやめてもらっていい?」

「そんなこと言いながら千晴だって気になるだろ?」

「いやいや、その中の誰かと付き合うとか絶対無理だから」

 

 表に名前があるのは揃いも揃って美少女ばかり。それに優れているのは容姿だけではない。

 興味がないわけではないが、千晴にはとうてい手の届かない高嶺の花だ。


「ギリギリセーフ! はよー、おっはよーん☆」

   

 ひときわ明るい声が教室の入口から近づいてくる。

 笑顔を振りまきながら現れた女子生徒は、星川あゆみ。クラスでも何かと目立つ一人だ。


 明るい髪のショートボブ。全身からキラキラオーラを発している。

 その名のごとく、笑うたびに星マークが飛びはねるようなイメージだ。

 あゆみは斜め前の席に座ると、すぐに千晴を振り返ってきた。

 

「おはよ千晴」

「あっ、おはよう……」

「宿題見せて☆」

「前置きすらない」

「はやくはやく!」

 

 手を伸ばして机をペンペン叩いてくる。千晴はしぶしぶノートを取り出して渡す。

 あゆみは「ありがとー☆」ところっと笑顔になった。


「露骨に変わる態度……」

「まあまあ、かわりにパンツ見せてあげるから」

「え?」


 間抜けな声を発した千晴の目の前にスマホを差し出してくる。

 画面には洗濯ばさみにぶらさがった男物のブリーフが写っていた。

 

「ぶふっ、顔スンってなるのおもろ」

「……これは何?」

「お父さんのパンツ。このネタ結構使えるんだよね~☆」


 くすくすと笑いながら、あゆみは向き直ってノートを写しはじめた。

 あっけに取られていると、田中が耳打ちしてくる。 


「お前、なんか最近星川といい感じだよな。めっちゃ話しかけられてるし」

「そう? 今のが?」

「くそ、羨ましい……☆」

「☆やめて?」

「だってそりゃあ、TierAに……」

「静かに」


 TierA美少女星川あゆみ。

 その評価に違わず、優れた容姿の持ち主だ。彼女に心酔している男子は数しれず。

 

 同じクラスで近くの席にも関わらず、千晴は少し前までほとんど口をきいたことがなかった。

 こうして話しかけられるようになったのも、単なる偶然だ。

 彼女が消しゴムを落としたのを拾ってあげて、

 

「これ、落ちたよ」

「え? ありがとー。じゃあこれ、お礼に」

「いやそのちょっとちぎったやつはいらないっす」

「えい☆」

「投げないで」

 

 みたいなやり取りをしてから、急に話しかけられるようになった。

 多少話すようになったからといって、これ以上どうなるということもない。身の程はわきまえているつもりだ。


「千晴はいいよな、イジられポジションでうまいことやってて」

「誰がイジられキャラだよ。そんな扱いされても嬉しくないでしょ」

「いやいや全然ありだろ? それでTierAと仲良くなれるなら」

「だからTierAっていうのやめろって」


 声を低くしてたしなめる。

 ランク表のこと、本人にバレでもしたら大事だ。


「はいおはようございまーす」


 そのときガラガラと前の戸が開いて、担任の女教師が入ってきた。

 そそくさと退散する田中を見送って、教卓のほうに目をやる。担任のかたわらには見慣れない女子生徒が立っていた。


「急ですが、今日から新しく転入生が入ります。……では黒崎さん、簡単に自己紹介をしてください」


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