第3話 ツッコミ病

 変な学校に入ってしまった。

 私立博愛光学園。


 いつも謎の数珠を手首に巻いている親戚のおじさんの強いすすめで入学を決めた。 

 ネットにもほとんど情報がなく、評価もうさんくさいほどに好意的なものが多かった。


 この学校には異性間のコミュニケーションを重視すべきだという校風がある。

 入学式のときも校長が長話の中に今ハマっているラブコメアニメの話をはさんできた。

 

 朝の登校時間中にも、男女ペアが手を繋いで校門をくぐる姿が見られる。

 今も千晴の目の前で、スマホを自分たちに向けている男女カップルの姿がある。なにやらしゃべりながら動画を撮っているようだ。


「イエーイ、いま好きぴと登校中でーす。キャハっ」

「まさかの配信中」

「このあとのイチャイチャタイムはメンバー限定でーす」

「世界は広い」

  

 合間に小声でツッコんでしまい、千晴ははっと我に返る。

 

(……いかん、ダメだダメだ)


 ひがみ根性丸出しである。

 無意識にツッコんでしまうのは体に染み付いた悪い癖だ。誰のせいとは言わないが、思い当たる原因はいくつもある。


 軽く頬を叩きながら千晴は学校の昇降口へ向かう。

 行く手には女子生徒の人だかりができていた。二人組のイケメン風男子が、二階の窓から手を振っている。 


「キャ~花京門様~!」

「古い少女漫画か」

「見て、4Gの二人よ!」

「なんの略だよ通信回線か」


(待て待て、落ち着け落ち着け……)

 

 千晴は反射的に口走ってすぐ額に手をやった。

 言ってるそばからやってしまっている。


 体を縮こませながら、モブ女子たちの背後を素通りする。

 今度はその先にある大きな植木の前で、一人の女子に群がる男子たちの姿を見つけた。


「好きです! 俺と付き合ってください! 絶対に絶対に絶対に大切にします!」

「朝から高カロリー」

「ちょっと待った〜!」

「いろいろ待って」


(いやいや、いいだろうべつに個人の自由だし……)

  

 また勝手に口からツッコミが。朝から重たい告白をしてはいけないという決まりはないのだ。

 口を抑えながら千晴はうつむいて通りすぎる。


 こうなったら端っこを歩いていこうと壁ぞいを進む。

 すると、男子生徒が女子生徒に壁ドンしている光景にでくわした。

 

「たとえこの壁が崩れようとオレが支えてみせる」

「ゆうくん……しゅき」

「ツッコミ不在」

 

(今のはセーフでしょ今のは……)


 千晴は自分に言い聞かせる。

 ツッコミ待ちのような状況を作っている周りも周りだ。


「おい、お前らちんたらしてんなよ~? 遅刻するぞ~?」


 昇降口の前では大柄な男性教師が生徒たちに声をかけていた。

 パンチパーマのグラサンにジャージ。手にした竹刀で地面を叩いている。


「全力で時代に逆向」


 無意識に口走ってしまい、千晴はあわてて口元を抑える。とっとと通り抜けようとすると、教師と目があってしまった。


「ん? なんだ? なんか言ったか?」

「あっ、いえ! なんでもないです! ちょっと発作が……」

「なにっ、だいじょうぶか? 保健室行くか?」

「意外に優しい」

「不審者を見つけたらすぐ先生に言うんだぞ」

「普通にいい先生だった」

「任せろ、先生は剣道百段だからな! ハッハッハ」

「クソギャグでプラマイゼロ」

「なに? もしかして剣道部入りたいのか? よしよし、いい心がけだ」

「いえ言ってません言ってませんすいません!」


 背中をバシバシ叩かれながら千晴は頭を抱える。このツッコミ癖はもはや病気かもしれない。

 丁重に断りをいれると、千晴は耳をふさぎながら教室に向かった。



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