第2話 正◯丸OD
ひかりの口からは思っていたのとは違う謎ワードが飛び出した。
千晴は聞き返す。
「……今なんて?」
「理解ある彼くん略してリカレになってくださいって言ったの。ちなみに断られた場合、今ここでODするから」
カバンから小瓶を取り出して見せつけてきた。危険な薬でも入っているのか。しかしよくよく見たら小瓶には○露丸のラベルが貼ってあった。
ひかりは小瓶を片手に距離を詰めてくる。
「リカレになってくれるよね? ね? ね?」
「ちょっと近づけないでくさいから」
「わかったもういいODすりゅ」
「ODって◯露丸で? それはそれでまずいことになりそうだけど」
「正露丸オーバードライブすりゅ」
「なにその必殺技」
「正露丸を素早く相手の鼻の穴に詰める。相手は死ぬ」
オーバードーズではなく攻撃技だった。
盛大に溜息が漏れる。けれど彼女のこと、心配だったのは事実だ。
「はぁ……そういうとこはあいかわらずか。でもまあ、元気そうでよかったよ」
「ち、違うの! 今のはおもしれー女と思われたくてネタを仕込んできたの!」
「そんなピン芸人みたいなことしなくていいよ」
「本当は元気なんかじゃなくて強がってるだけなの。転校先の学校で現実の壁にぶつかって、またこの街に戻ってきたの」
「え、そうなの?」
「一般人は私の方だったの。三十人のクラスでみんな三人組作ってでなぜか一人だけ余ったの」
「それは不思議だね」
「だからもう生きる価値がないの。もう無理なのこれ以上一人では生きていけないの死んじゃうたすけて」
「はは、死ぬとか生きていけないとかそんな大げさな」
「人が必死に助けを求めてるのに何を無邪気な顔で笑ってるの? とりあえずリカレか正露丸ODか決めて?」
またも臭う小瓶を突きつけてきた。謎の選択を迫られる。
「なに? それ鼻に詰めればいい? それで満足?」
「え? そっち? そっちいっちゃう? それたぶんハルくんが思ってるよりヤバイことになると思うわよ」
「だってリカレとかってよくわからないし」
「あのね、私Cカップあるの」
「急にどうした」
ひかりは「なんか暑くない?」といきなりシャツのボタンを外しだした。
自分で言うだけあって、胸元の主張はなかなかのものだ。
ひかりは千晴の背後に回り込むと、耳元に吐息を吹きかけながらささやいてくる。
「で、でかい……。こりゃもういくしかねえな千晴よ」
「なにそれ誰? 誰の脳内のつもり?」
改めて彼女のなりを眺めると、違和感があった。
メイク以外にも、いろいろと記憶とは違うことに気づく。
「ひかり背縮んだ?」
「ハルくんが大きくなったのよ。それに痩せたし……」
言われてみればそうだ。見た目が大きく変わったのは千晴も同じ。
昔は少しふくよかな方だとか、背の順が早い人だとかさんざんいじられた。
「あらかじめ盗撮した写真をもらってなかったらわからなかったわ」
「今なんて?」
「こっちの話」
あえて深くは突っ込まないことにする。
「いつの間にかひかりを追い抜いてたかぁ……」
こうして上目遣いをされるのは新鮮だ。かつては千晴のほうが少し背が低かった。
頭の位置を手で測っていると、みるみるうちにひかりの頬が赤くなっていく。
「ハルくん、か、か、かっこよく、なったね……?」
「ひかりはあいかわらず美人だね。ちょっと化粧でよくわからなくなってるけど」
「そ、そう? やっぱり脱いだほうがいいかしら?」
「いやなんで脱ぐ?」
何で対抗しようとしているのか。
「これ地毛? 髪もずいぶん伸びたね」
ツインテール状に縛った髪束を手に取る。ほどくと結構な長さになりそうだ。
「あっ、だ、ダメよハルくんこんなところで……感じちゃう」
「神経どうなってんの」
「ちなみにリカレになった場合、髪の毛触り放題匂いかぎ放題の食べ放題よ」
「いや食べはしないけど」
「もちろんひかりちゃん甘やかし放題かわいがり放題の頼られ放題も基本でついてくるからね」
「それは自分がしたいのでは?」
髪をはなして、改めて正面から見つめ合う。
頬を染めたひかりは慌てて目をそらした。
そのとき千晴の背後をウォーキング中のおばさん二人組が通りがかった。物珍しそうにひかりに視線を送る。
「なにかしらあれ、コスプレ?」
「ほらあれでしょ、今流行りのごちそう女子」
「あら? おかわり女子じゃなかったかしら?」
二人のおばさんはヒソヒソと話しながら通りすぎていく。耐えきれなくなった千晴はその後ろ姿に向かってツッコんでいた。
「いやそれただの大食らいじゃん」
「あっ、ごめんなさい、やっぱり迷惑よね急にこんな……」
「あ、いやひかりのことじゃなくて……」
ついツッコミ癖が出てしまった。
ひかりは急にきょろきょろと周りを気にしはじめた。挙動不審だ。
「じ、じゃあ私! これから夕飯の支度しないといけないから!」
「え? ひかりが夕飯の支度?」
「そう超家庭的なの! 子供を作る準備もできてるの!」
「なに言ってるのこの人」
「こっ、こ、これ! 番号! いつでもかけていいから!」
電話番号の書かれたメモの切れ端を差し出してきた。事前に用意していたらしいがアナログ臭がすごい。
紙切れを千晴の手に押し付けると、ひかりは逃げるように立ち去っていった。
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