ヤミ属性のひかりちゃん ~数年ぶりに再会した孤高のお嬢様がヤミ落ちして迫ってきて両肩重いな件~
荒三水
第1話
五月の連休の最終日。アルバイトの帰り道だった。
連勤をこなした十亀千晴(とがめちはる)は、夕日の差し込む裏路地を急いでいた。
(うわぁ、なんかすごいのいるな……)
自宅のあるアパート前の通り。その電柱の陰に、見慣れない人影が立っているのを見つけた。
前髪ぱっつんのツインテール。ひらひらしたピンクのシャツに黒いリボン黒いスカート。黒いニーハイソックスに厚底の靴。
いわゆる地雷系女子というものだろうか。
それなりに栄えた駅周辺でも、あのレベルのものはなかなか見かけない。
人気のない住宅街に一人ぽつんと立っていると、やたら目に付く。
(なんでこんなとこでつったってんだ……?)
彼女はなにをするでもなく、スマホ片手に立ちつくしている。待ち合わせにしても場所がおかしい。
いずれにせよあまり関わり合いになりたくない人種だ。
千晴は目をあわせないようにして彼女の前を素通りした。しかしすぐに靴音が近づいてきて、影が隣に並んだ。
「な、なんですか?」
千晴がきくと、彼女は無言のまま内向きにピースサインを向けてきた。
小声でささやいてくる。
「……二万でどうですか?」
「えっ?」
突然持ちかけられ、どきりとする。
もしやこれが噂に聞く、なんたら活というやつか。
「い、いえ! 結構です!」
慌てて断りをいれる。話をしたら絶対にヤバイやつだ。
そもそもそんな大金は持ち合わせてない。
手を振って行こうとすると、彼女は行く手をふさいできた。顔を近づけてくる。
「じゃあ三万でどうですか?」
「いや増えてません?」
「四万」
「だから増えてるから」
「先に払います」
「は?」
思わず顔を見ると、大きな瞳が見つめかえしてきた。目の周りは赤く縁取られている。赤みのさした唇が笑った。
「ふふっ、びっくりした? 私よ、私」
「……どちらさまですか?」
ぴしっと一瞬彼女の顔が固まった。
しかしまたすぐに笑って、自分の顔を指差す。
「ふふっ、びっくりした? 私よ、私」
「いや、やり直されてもわかんないんですけど」
「ほら、くろ?」
「くろ?」
「さ、き?」
「さき?」
「ひ、か……?」
「きん?」
「違うわ。ひ、か~……?」
「……り?」
「覚えててくれたのね!」
九割がた言わされた。
彼女は顔に微笑を浮かべて、首を傾けた。
「久しぶり、ハルくん」
懐かしい響きだ。千晴をそう呼ぶ人間は一人しかいない。
「もしかして、ひかり……なのか」
彼女の名前は黒崎ひかり。
かつてこの近くに住んでいた千晴と同い年の女の子だ。一応幼馴染といってさしつかえない。
「ああ、懐かしいな。昔はよく一緒に遊んだものね……。遠い目」
ひかりはしきりに遠い目、というかただの薄目をしている。
どぎつい化粧で原型がよくわからなくなっているが、それでも相変わらず整った容姿だ。
黒目の大きな瞳。高く通った鼻筋。すらりと手足は長く、腰の位置も高い。
「……それで、人んちの前でなにしてたの?」
「ここで立ってるとお金持ちのおぢが声をかけてくるとかって……」
「ここそういうスポットじゃないんですけど」
「そしたら警察に突き出してやろうと思ってね。悪は許さない」
「私人逮捕系の人かな」
「うふふっ、やだなぁハルくんたら冗談に決まってるじゃないの。ぶふっ、くすくす」
「めっちゃ笑ってるけど全然面白くないぞそして怖いぞ」
「本当はね? ハルくんと偶然運命の再会をしようと思って家の前で待ち伏せしてたの」
「偶然とは?」
家バレからの待ち伏せという強制イベント。
昔はお忍びでよく遊びに来ていた。
千晴は改めてひかりの全身を見下ろす。
「……で、その格好は何?」
「ハルくんと運命の再会を果たすためにナウいヤングな雑誌を読んでお化粧を勉強したの」
「いろいろ言いたいことはあるけどとりあえず選ぶ雑誌間違ってると思う」
「どう似合ってる? かわいい? えへ」
至近距離で小首をかしげてくるが違和感しかない。
記憶にあるひかりは、「かわいい?」なんて聞いてくるようなキャラではなかった。
千晴はあとずさりながらなだめる。
「ちょっと一回落ち着こう、落ち着いて話をしよう」
「やだその前フリ、別れ話するつもりね」
「別れるも何も付き合ってないよね」
「えっ……? 私の中では付き合ってるつもりだったんだけど……」
数年前、彼女はとつぜんこの町を去った。
引越しをする数日前、千晴は近くの公園に呼び出されてこう言われた。
『わたしは選ばれた人間なの。魔法学校からも招待状が来てるの。だからハルくんのような一般の方とはもう遊べないの』
それきり彼女とは別れてしまい、今にいたるまで一切の音信不通。
のちに聞いたところによると、ひかりはさるお嬢様学校へ編入したという話だった。
「せっかくハルくんが勇気を出して告白してくれたのに、私そのときはきちんと答えられなくて……辛かったわよね。恨んでるわよね、私のこと……」
「いやちょっと僕の記憶とは食い違いがあるみたいだけど」
別れ際に告白めいたことをした記憶はない。それどころか明確な別れのシーンもなかった。
気がついたらひかりは引っ越していて、それきり音信不通になっていた。
「……それで、魔法学校には入れたわけ?」
「あぁ、そのこと。覚えてたのね」
ひかりはまつげを伏せた。自嘲気味にふっと鼻を鳴らす。
あれだけ熱心だったのに、やけに冷めた態度だ。さらに聞いてみる。
「なんか言ってたよね? 魔法学院の……なんだっけ、なにワーツだっけ?」
「お願いそのことはもう触れないでっ!」
ひかりは目を閉じると耳をふさいでしゃがみこんでしまった。
何らかのトラウマを発動してしまったらしい。
「お、落ち着いて! 別にひかりの黒歴史をぶり返すつもりはなくて……」
「はぁ、はぁ……とにかくもういいのそれは。中二病ヒロインとかもう流行ってないから。さんざんこすられまくって『またそういうやつか……』ってなるだけだから。それより今流行ってるのは両片思いのイチャラブよ」
「君は何を言っているの?」
「やだハルくん知らないの? 最近はそういうのがはやりなのよ? つまりぼっち陰キャの僕がこっそり宇宙一の美少女と付き合っています的な感じよ」
「大気圏を突き抜けた自己評価」
やりとりをしながら当時のこと、だんだん思い出してきた。
もちろん彼女のこと、まるきり忘れていたわけではない。この濃いめのキャラを忘れられるはずがない。
「これでも心配してたんだよひかりのこと。どうなったかなって」
「は、ハルくん……」
ひかりは顔を上げてじっと見つめてきた。まるで救いを得たような目だ。
「ごめんなさい。私……ずっと素直じゃなかった」
胸の前で両手をぎゅっと握りしめる。
「本当はハルくんのこと、ずっと……好きでした」
「えっ……」
突然の告白に驚く。
ひかりは当時から目を引く美少女だった。
黙っていても男子に囲まれてチヤホヤされていた。それを邪魔くさいと上から目線で一蹴していた。誰も寄せ付けない冷たいオーラがあった。
千晴の扱いもひどいものだった。
「面白いこと言って」「一発ギャグやって」に始まり、何かに負けたわけでもないのに罰ゲームまがいのことをさせられた。
その内容たるや、一口に語りつくせるものではない。
もちろん異性として好意があるようなそぶりは微塵もなかった。
そんな彼女が、これでもかというほど上目遣いをして言った。
「だからその、私の……理解ある彼くんになってください」
「は?」
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